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オランダ独立戦争についてです。

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ID非公開さん

2018/10/2213:16:30

オランダ独立戦争についてです。

高校の問題で上記のことについて簡潔に説明しなさいと問われたのですがこの文章でおかしいところはありますでしょうか?

ネーデルラントのカルヴァン派(ゴイセン)が増加したことでネーデルラントを支配していたフェリペ2世が弾圧し、それに対してカルヴァン派(ゴイセン)が反乱を起こしたことによって起きた戦争。


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na_********さん

2018/10/2213:52:33

違いますね。

まず、ゴイセンとは、オランダ独立派のことで、カルヴィン派のことではありません。
ゴイセンに、カルヴィン派の人が多かったのは事実ですが、カトリックの人も含まれていました。
オランダのカルヴィン派は、「改革派」と呼ばれています。

カルヴィン派が増えたのでフェリペ2世が弾圧したのではなく、フェリペ2世の弾圧が、改革派、カトリック問わずに行われたため、スペインからの独立を叫ぶゴイセンが増えたのです。
それに伴い、カトリックから改革派への改宗も進んだのです。

高校レベルではでてきませんが、ネーデルランド独立戦争のきっかけは、フェリペ2世がネーデルランドの聖職者叙任権を、ネーデルランドの貴族から取り上げたことに対するオラニエ公の反乱から始まります。
オラニエ公がたまたま改革派であったため、改革派がフェリペ2世のカトリック化に反発したように捉えられてしまったのです。

オラニエ公の反乱に対して、フェリペ2世は、アルバ公をネーデルランドに派遣し、反乱の鎮圧をはかります。
オラニエ公は、イギリスへ亡命し、一時的に反乱が鎮圧されます。
アルバ公は、反乱の根絶のために、オラニエ公と関係した者、改革派もカトリックも問わず弾圧しました。
アルバ公の弾圧に対して、改革派、カトリック問わずに反発が強まり、それを見てオラニエ公が戻り、反乱の首謀者となります。
これがゴイセンです。

当時ネーデルランド総督であった、フェリペ2世の姉マルガリータは、混乱収拾のため、両者の和解を訴えますが、フェリペ2世により解任され、アルバ公の弾圧がさらに強化されることとなり、独立派に加わる者が増えてゆきます。
この過程で、カトリックから改革派に改宗する者が増えていったのです。

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    質問者

    ID非公開さん

    2018/10/2214:18:58

    ご指摘と詳細説明ありがとうございます。
    高校ではカルヴァン派(ゴイセン)と習いました(><);

    高校レベルで簡潔にまとめるにはどうしたら良いのでしょうか...。

    カトリック信者であるフェリペ2世によるカルヴァン派の弾圧で反乱が起きた。

    これだとまた違いますでしょうか?

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