ここから本文です

キリスト教の皆さんに質問します。

三つあるさん

2018/10/2420:38:17

キリスト教の皆さんに質問します。

復活してくる人は、生前(死ぬ前)の行ないによって裁かれるのですか?

補足●補足が長くなったので、別ID [witness3r57] にて 回答の形で
補足しました。

よろしくお願いいたします。

閲覧数:
167
回答数:
10

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

WWJDさん

2018/10/2423:20:20

違います。

キリスト者であれば知っているはずです。

この世が滅亡し、最後の審判が行われるのは天に行くか地に行くかの裁判です。
その時イエスを救い主と受け入れている者はイエスが弁護してくれるので天のみ国に入れます。

人の行いでは救いはおこりません。
イエスを信じる信仰のみです。

  • 質問者

    三つあるさん

    2018/10/2708:31:02

    ●『最後の審判』において、イエスは弁護人ではなく、裁判官では?
    ああ そうか! 解釈の違いですね。
    “選ばれた者に対して”の対象が違うからだ。


    ご回答ありがとうございます。

  • その他の返信(4件)を表示

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

質問した人からのコメント

2018/10/29 21:18:12

●皆さん いろいろ 教えていただき 感謝します。

ベストアンサー以外の回答

1〜5件/9件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

不適切な内容が含まれている可能性があるため、非表示になっています。

投稿内容に関する注意

syn********さん

2018/10/2711:50:25

エホバの証人として排斥処分を受ける際に長老団から悪行の事実が突きつけられるのと同様その行為の聖邪により裁かれるのは当たり前のことです

幼い子に性的な悪戯をし続けた不埒な人々がどうして救われる者となるのでしょう

<追記>
「別ID r57さん にて 回答の形で補足しました
①悪をおこなった人々はさばきを受けるためによみがえって裁きつまり地獄に火炎の中で苦しみもだえるためだけに復活させられる人達がいるということ
②この話に裁きを行なっている記述は状況から裁きが行なわれたことを読み取れるが無いし金持ちが目をあげるとアブラハムとそのふところにいるラザロとがはるかに見えたとあるのだから二人の描写には時差が見てとれない時間的に復活してから新たな裁きを受けるのにふさわしい試しの場と時間が金持ちとラザロの話には無かったと読み取れますまた 二人のいる場所を考えてもはるかに見えたというのはおかしい金持ちとラザロの話はたとえ であるということ」

あなたの質問とあなたご自身による自作自演の記述は多くの解答をつけてくださっている解答者の皆様にたいして非常に不誠実かつ失礼です

あなたの別ID r57さんは重ねて質問する形で解答なさっていますがあなたの質問は反証目的で行われている質問です
つまりあなたは明確な解答を持った状態で反論することを目的として質問なさっています

ですから解答者に対するお礼の言葉も心がこもっていません
知恵袋は宣教布教伝道宣伝目的で利用する場所ではありません
疑問を解決する場所です
もう少し誠実な態度で質問なさり解答者に失礼のないようにしていただきたいです
読んでいてとても不愉快です

三つあるさん

編集あり2018/10/2620:30:22

●witness3r です!
補足 です。


金持ちとラザロ
■■■
ルカ 16:22-24
22 この貧しい人がついに死に、御使たちに連れられてアブラハムのふところに送られた。金持も死んで葬られた。 
23 そして黄泉にいて苦しみながら、目をあげると、アブラハムとそのふところにいるラザロとが、はるかに見えた。 
24 そこで声をあげて言った、『父、アブラハムよ、わたしをあわれんでください。ラザロをおつかわしになって、その指先を水でぬらし、わたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの火炎の中で苦しみもだえています』。 
25 アブラハムが言った、『子よ、思い出すがよい。あなたは生前よいものを受け、ラザロの方は悪いものを受けた。しかし今ここでは、彼は慰められ、あなたは苦しみもだえている。 
■■■

●この話が“事実であり”、地獄の描写と仰る方にとって…

よく読むと、
・こじきであるラザロは、『ついに死に、御使たちに連れられてアブラハムのふところに送られた。』
・金持ちは、『金持も死んで葬られた。 そして黄泉にいて苦しみながら、』
この二人は、【すでに裁かれています】よね。
しかも、[生前(死ぬ前)の行ないによって裁かれ]たことを示す、裁きの理由まで『あなたは生前よいものを受け、ラザロの方は悪いものを受けた。』と、述べられています。

そうであれば、
『悪をおこなった人々は、さばきを受けるためによみがえって』“裁き”つまり、(地獄に)『火炎の中で苦しみもだえ』るためだけに復活させられる人達がいる!
と、いうことではありませんか?

●復活してくる人達は、「さばきを受けるために」甦ると仰る方にとって…

この話に裁きを行なっている記述は(状況から“裁きが行なわれた”ことを読み取れるが)無いし、金持ちが『目をあげると、アブラハムとそのふところにいるラザロとが、はるかに見えた。 』とあるのだから二人の描写には時差が見てとれない。
時間的に復活してから新たな“裁き”を受けるのにふさわしい、試しの場と時間が[金持ちとラザロの話]には無かったと読み取れます。
また 二人のいる場所を考えても、『はるかに見えた。 』というのはおかしい。
[金持ちとラザロの話]は、【たとえ である!】ということになりませんか?

chi********さん

2018/10/2509:47:54

キリスト教には 2 つの矛盾する教理が併存している。

一つは、「神は人の行いに応じて報いを与える」ということ。これを神の義という。もう一つは、「神は善人にも悪人にも太陽を昇らせ、義人にも義人でない者にも雨を降らせる」ということ。これを神の愛という。

人はその行いに応じて裁かれる。同時に、人は神の愛によって慰めを受ける。どちらにも共通するのは「主権は神にある」ということ。人が神を信じるのではなく、人が神に働きかけるのでもない。神が一方的に人に介入し、成し遂げるということ。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

twx********さん

2018/10/2507:02:15

いいえ、肉体での行いによって裁かれるなら、復活する必要がありません。
復活後、現在の基準とは全く異なる新たな基準によって、復活後の歩み方によって裁かれます。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

iko********さん

2018/10/2423:44:55

はい、そうです。

ですが、「主の御名を呼び求める者は、すべて救われる」と聖書に書いてあります。それは、主イエスを信じて洗礼を受ける者のことです。

「今、何をためらっているのです。立ち上がりなさい。その方の名を唱え、洗礼を受けて罪を洗い清めなさい」(聖書の使徒言行録 22章16節)


聖書の概要

神は天地を創造され、私たち人間を非常に愛してくださいます。神は、私たち一人一人と関係を持ちたがっていらっしゃいます。

人間は皆、神の意志に対して大きな罪を犯しました。
聖書でいう罪とは、心で神を拒むことです。
「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」という神の律法を守る人間は一人もいません。
最初の人間が神に不従順だったことがきっかけで罪が世界に入り込み、人間は死する者になってしまいました。すべての人が罪を犯したからです。

聖書は「罪の支払う報酬は死である」と教えます。

神はわたしたちを愛し、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子イエス・キリストをお遣わしになりました。
神の子イエスは、十字架の上で、私たちの罪を贖われました。
イエス・キリストは、その血を流し、その生命を、私たちの贖いのためにお与えになりました。すなわち、罪無きキリストは十字架の上で、苦難を受けられることによって、私たち自身が罪のために受けなければならない罪責と刑罰とを、代わってその身に受け、神の怒りを宥められたのです。このようにしてキリストは、罪と死の力に打ち勝たれたのであり、キリストの苦難と死こそが、私たちの罪の宥めの犠牲なのです。
神はキリストを死から復活させ、天に上げることによって、キリストの贖罪の御業を承認されました。

神は約束されます「イエス・キリストを信じて洗礼を受ける者は救われます」。
救われるというのは、罪の赦し、地上の生涯の後、神のもとに永遠の喜びということです。

この「罪の赦しの福音」はあらゆる民族の人々に伝えなければなりません。

キリスト信仰者の人間同士への態度は、
「主もあなたがたをゆるして下さったのだから、そのように、あなたがたもゆるし合いなさい。」

キリスト信仰者は、キリストの再臨の日を待ち望んでいます。

世の終わりにキリストは栄光の中に出現し、全ての死人を復活させるのです。最後の日に、全ての人はキリストの審判の座の前に集められ、裁かれます。

「今やキリスト・イエスにある者は罪に定められることがない。」(聖書)

古い天地は過ぎ去り、神は義の住むところに新しい天と新しい地とを創造されます。

「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。 (聖書)


もっと見る、
https://www.bibletoolbox.net/ja/shitsumon

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる