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青二塾を卒業した後、青二プロダクションに入れなかった卒業生は、どのような道を...

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ID非公開さん

2018/11/210:51:12

青二塾を卒業した後、青二プロダクションに入れなかった卒業生は、どのような道を辿っているのでしょうか?

ただ単純に疑問に思ったので質問しました。

生涯俳優を育成する青二塾ですが、たとえ入塾で来たとしても、卒業する時に青二プロに入ることができる人数はかなり限られていますよね?

青二プロに入れなかった方たちは、生涯俳優であるために、どこかの劇団に入ったり、地方のラジオ局に入局したりしているのでしょうか?

それとも、一般の社会人に戻るのでしょうか?


誰か知っている方はいらっしゃいませんか?

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hir********さん

2018/11/321:58:11

まず、近年の青二塾の卒業生が、上の声優事務所の、
青二プロダクションの新人 (青二ジュニア所属) に上がる比率は、

青二塾東京校1部生 (週5日 昼間全日レッスン 1年間) や、
青二塾大阪校 (土日の週2日 2年間) からの場合、
おおむね、同期塾生の1割程度の所属率くらいです。
(例:東京1部から9名とか、大阪校から7名くらいとか)
(青二塾は、東京1部2部大阪、2クラスずつ計6クラス)
(1クラスは、30~40名など、学校の学級規模)

青二塾東京校2部生 (週3日 平日夜間 2年間) だと、
最近数年は所属者が少なかったです。
2017年春の場合、2部の18期の人は1名しか新人になってないし。

おおざっぱに、1割所属だと解釈して、
残り9割の人は、他の道に行くしかないわけです。

東京2部生の人は、大学生や社会人などで並行して養成所に
通った人たちですから、学生から社会人就職してもいいし、
社会人経験があれば、働き続けたり転職等はできるでしょう。

青二塾大阪校だと、関西圏の大学生の人などや、
社会人その他の 18~28歳の人が入ってきていますから、
2年後に青二の新人になってないなら、
学生から就職、社会人の仕事、別途自力で東京に行って、
別の道を探すのか、いろいろでしょう。

比較的、稀な例だと思いますが、
1年間、大学を休学したりして、青二塾東京1部生でがんばって、
新人所属がダメだったので、大学に復学や編入で戻った人もいます。

青二塾東京校の1年間は、高卒時に大学受験浪人した人が、
予備校や塾などに1年間通って、次の大学受験をする人に
似たパターンだとも言えるわけです。
(1年間、何かの職業資格を取る学校などで学んで、
卒業までに、資格や免許の試験を受けるようなのと類似します)

従来までの、青二塾東京校1部生のカリキュラムだったら、
卒業公演の時に、
「日舞」、
「ミュージカル」(マザーグース)、
「舞台劇」(手塚治虫の「火の鳥」を毎年やってました)、
これらの演目を舞台でやれるようにレッスンしてきているので、
もし、青二塾の後、どこかの劇団などで舞台活動したいなら、
方向転換していくことは可能だと思いますよ。
まあ、舞台役者活動は、経済的に大変なので、
やる人は限定されるでしょうけど。
(東京2部生だと、「日舞」「マザーグース」の2つで卒公をしていた)

声優以外の道になるパターンは、上で多少書いた形ですので、

青二の新人以外から、声優になった人の例も書いておきます。

雷鳥社から出版されてる「声優になる!」という本に、
人気声優さんの養成所時代やデビューの頃を語るインタビューが
掲載されていますが、
(「もっと 声優になる!」「きっと 声優になる!」計3冊刊行)
1冊目に、木村亜希子さんのインタビューも出ています。

木村亜希子さん (ケッケコーポレーション所属) は、
青二塾にも通ってた時期があるそうですが (1990年代ころ)、
青二からの新人デビューはされてなくて、
次の段階で、SAG (松濤アクターズギムナジウム) に通われています。

SAG の、1期か2期生の頃で、初期の卒業生です。
以前だと、SAG の上の声優事務所が、ケッケ でしたし。

ただし、この頃は、SAGの生徒数が多く、
上の ケッケ の人数規模は小さいですから、
SAG で学んだ人の多くは、いろんな所の、
所属オーディションや出演オーディション等を受けています。

81オーディションの第4回の時に、
長谷美希さん(81所属)が SAG の生徒で出場して、
グランプリ(優秀賞)を獲得されていました。

この当時の SAG だったら、青二の声優さんが講師してましたし。

ケッケ にしても、代表者は、難波圭一さんですし。
上の話の頃は、青二プロダクションの所属声優さんです。

つまり、木村亜希子さんの場合、青二塾からはすぐデビューできてないけど、
その後に、青二の声優さんに教わる形でレッスン続けて、
声優デビュー (事務所所属や作品出演するようになった) したわけです。

なお、松濤アクターズギムナジウム (SAG) は、
現在は、上の事務所が LEOPARD STEEL に変わっているため、
ケッケ や 青二 の声優さんが講師してた頃とは、事情は違いますが。

まあ、いろんな人を見ていくと、長い間には、
青二塾の後、他の声優事務所からの声優デビューの人も、
時々いたりする感じです。

名前が出るほどの知名度でなくても、
他の事務所で、預かりなどの新人段階で入るくらいの人は、
青二塾の卒業生だと、ある程度いてもおかしくないです。

青二塾の卒業生だったら、週1とかの短時間レッスンしかしない、
安い養成所の人とはレベルが違ってて、
かなりの、青二塾のカリキュラム内容は身に付いてるわけだから、
演技技術などの点では、そこそこ使えるレベルの人たちです。

名前の出る人で、青二塾の後、他の事務所に所属などの人は、
探しにくいほうですが、
1990年代頃だと、声優デビューした人も多い時期があるので、
そのあたりで、もう1つ例も出しておきます。

なお、1990年代の頃は、青二塾の本科の後が、
現在のように、すぐ、青二ジュニア所属 でないと考えられますので、
(1990年代中盤までは、
高校生や大学生が青二塾に通う、日曜生:基礎科相当、
現在も続く、青二塾の本科生:東京1部生の扱い同様、
本科の後は、研修科相当=青二ジュニア所属に相当、
この3段階だったことが考えられますので)、
青二塾ー>青二の事務所新人に短期間ー>他の事務所に転籍、
こういう若手の人が何人か出た時期もあるようです。

桑島法子さんと同期の、
青二塾東京1部15期生 (この頃は、2部生は無いから、単に 15期生) で、
藤咲かおり さん (青二塾、青二新人で短期間で、他の事務所へ) もいます。

15期生だと、1995年春のデビューで、
この当時は、新人声優さんの大規模なデビューラッシュの最中です。
(ちょうど、ソニーのプレイステーションなど、
ゲーム機が数多く売られて、大量の新人声優さんが使われた頃です)

青二塾の14期生(1994年組。豊嶋真千子さんや丹下桜さんなど)は、
現在も現役の声優さんが多い、大人数の世代です。
(今も青二所属の人や、他の事務所で現役声優さんなどです)

藤咲かおり さんの場合、青二塾の後の青二の新人期間は短くて、
他の事務所に転籍されてる方になります。

この当時 (1990年代後半以降) に、声優さんを使う制作が始まった、
アダルトゲーム関係の方面への転籍だと書いてしまうと、
少し問題があるかもしれませんが、そういう要素はあります。

藤咲かおり さんと、同じ頃にゲーム関係の声あてをした人で、
やはり、青二塾ー>青二で新人を短期間ー>他の事務所、
という人も見つかりますから。

1990年代が新人だった声優さんの場合、いろんなことがあります。

最後の付け足しで、雷鳥社の3冊目、
「☆きっと☆声優になる!」から、松岡由貴さんのインタビュー内容も
引用しておきます。

松岡由貴さんが東京に出てきて声優デビューしたのは、
1990年代後半になってから、バオバブからのデビューみたいですが、

出身地の関西にいた高校生の頃、青二塾大阪校に通われていました。
1980年代後半頃ですが、この頃は、高校生も青二塾に通えました。
(高校にもきちんと通って両立しないと、退塾処分の条件です)

関西の地元で、子役経験などはあった方です。

青二塾大阪校の卒塾時に、青二の新人所属には合格されてます。
高校2年の終わりだったそうで、
高校卒業まで1年待って、その後に新人デビューの条件です。
(現在の青二塾大阪校も、大学生の卒業待ちデビューはあるようです)

しかし、高校3年の時に、関西の地元大学進学に進路変更したため、
青二塾->青二所属での新人デビューは、辞退されています。

地元の大阪で大学生してる間に、大阪のラジオ出演の仕事や、
CMナレーション等の仕事はしていたそうです。
(東京での活動ではないので、アニメ声優出演などは無いが)

関西での実績を積むうちに、1990年代後半に入ると、
アニメ制作も東京で増えてきますので、
その頃に、アニメ出演の出演オーディションにも通って、
大阪から、収録の仕事の時に東京に出る形で、声優活動開始のようです。

1990年代末から2000年代初めにかけて、
大阪弁の声優さんとして、松岡由貴さんが注目された時期になります。

約20年前くらいの当時なら、大阪から通いで声優出演した人も、
いた時代になります。
2001年頃から、大阪の大学在学中に、アニメ出演などもしていた、
植田佳奈さんなども、大阪からの通いになりますし。

1990年代中盤後半から、2000年代初頭にかけての何年かは、
それくらい、即戦力になる若手は、どんどん出演現場に駆り出された、
大規模な新人声優デビューラッシュがあった時期です。

メジャーな人を取り上げてしまうと、
青二塾から新人に上がれない、9割などの人の話からは外れますが、
養成所の後の人生は、いろんな人がいるわけです。

松岡由貴さんや植田佳奈さんは、
関西での子役経験などはある人たちだから、一般の人とは別ですが。

まあ、松岡由貴さんでも、「声優を目指したい」から、
子役経験があっても、青二塾大阪校でがんばった、というように、
やはり、声優さんの世界は、子役芸能人とは、
一線があるという意味も含まれます。

  • hir********さん

    2018/11/322:07:21

    質問文の中で、1箇所、誤解もあるようです。

    地方ラジオ局への入局、というのは、採用自体が少ないので、
    あまり現実的でない話になりますね。

    地方のラジオ番組の出演などをする、くらいは有り得ますが。

    今は、インターネットラジオや新しい出演媒体は多いので、キャラもの作品のメジャー声優にこだわらなければ、ローカル出演者的な出番などは、いろいろ探せますが(注:それで声優として見られることも無いでしょうけれど)。

    松岡由貴さんの例などは、関西のラジオで活躍できた人になります。
    その実績なども認められた形で、声優への道をつかんでいます。

    MBSなどのメジャーな番組だし、所属などで関係してた事務所の人なども業界とつながってたから、声優への道になったという意味もあります。

    2000年代以降は新人声優さんの競争が激しいので、養成所からスムーズに上の声優事務所に上がれないと、もう厳しいと思いますよ。

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質問した人からのコメント

2018/11/8 16:01:39

皆さんありがとうございました!!!

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ano********さん

2018/11/213:22:20

養成所は単なる学校(厳密には学校ではありませんが)でしかなので、
その先の就職が約束されているものではないため、
事務所所属ができなかった場合は、
基本的には別の就職口を探す事になります。

人によっては別の声優事務所の養成所に、
もう1度通う方もいるでしょうし、
就職先を探す方もいるでしょうし、
仕事をしながら養成所に通っていた方は、
あきらめて元の仕事をがんばるなど、
人それぞれだと思いますよ。

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enu********さん

2018/11/212:06:52

劇団に入ったり、一人で活動したり、
他の養成所に入ったり、

働きながら夢をあきらめないという
スタンスではないでしょうか。

b3f********さん

2018/11/211:22:25

人によって違うでしょうけど、たとえば小野大輔さんは大学時代に青二塾に通っていて、青二塾を自分で途中で辞めたのか所属に落ちたのかは分かりませんが、青二塾を辞めて大学の先輩から紹介されたマウスプロモーションの養成所に通って声優デビューしてます。

あとは、たとえば笠間淳さんは社会人1年目の時に新聞社の正社員で仕事をしながら青二塾の週末のコースに通っていて、青二に所属できなかったので、そのまま数年間はその仕事を続けています。
笠間さんは青二に落ちたあと数年経ってから、同じように仕事しながら週末に俳協の養成所に通って声優デビューされてますが、俳協も所属にならなかったら普通に新聞社の仕事を続けていたのだろうと思います。

例が今声優として活躍されている方だけになりましたが参考までに。

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