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ある掲示板でこのような文を見つけました。

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ID非公開さん

2018/11/1203:08:49

ある掲示板でこのような文を見つけました。

「空(くう)」とは簡単に言えば、“有”も“無”も全て含んでいるという概念だ。この世のあらゆるものを含むモノが「空」だ。

仏教においての空について書いてあるみたいなのですが、自分には理解できませんでした。空とは「この世にあるすべてのものは存在しない」という考え方だと思っていました(この文もあんまり理解できていませんが...)。

自分でも何を聞きたいのかよく分かりませんが、上の掲示板でみつけた文の解説をよろしくお願いします。

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com********さん

2018/11/1220:04:31

> 「空(くう)」とは簡単に言えば、“有”も“無”も全て含んでいるという概念だ。この世のあらゆるものを含むモノが「空」だ。

この文章は、仏教の「空の思想」とは違います。有と無を含んだものを空というのではなく、有を否定し、無を否定したことを「空」と名づけています。


●空
=śūnya
=シューニャ
=~が欠如している


空とは、あるべきものが欠如した状態のことです。空席といえば、人が座っていない席であり、空瓶というのは、中身の無い瓶のことです。空室・空き家・空箱なども「中身が欠如している」ということを表わします。大乗仏教では、「一切の事物・現象には実体が無い」ということを「空」と呼ぶようになりました。欠如しているのは、「個の実体」「アートマン」です。

自分自身を観察してみてください。自分の実体、自分の本体、自分の主体というものを探すことができるでしょうか? 自分の実体とは、主体であって客体ではありませんから、見ること・感じること・想うこと・選ぶこと・認識することはできません。何らかを認識した瞬間にそれは客体になっていますので、主体である「アートマン」ではありません。認識できないものを「有る」「無い」と断定できませんから、仏教では非有非無の中道を説き、無我を説き、空を説きます。

この世界の事物・現象は、因縁和合によって仮にあります。仮であって、固定化して存在するわけではありません。因縁によって仮にあるのだから、個々の実体は認識不可です。認識できないので、有無の判断はできません。

「すべてのものは存在する」「すべてのものは存在しない」と観ることは、執着を生むだけですから、避けるべき思考です。有に執着せず、無に執着しない「中道」を仏教では勧めています。

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zk2********さん

2018/11/1712:22:26

こんにちは。「tyran」です。


「空:くう」とは悟りの境地であり、「胸:心」に「鬼」が居ないことを指します。

「空:からっぽ・鬼を抱かない」=「仏:仏心・仏陀」

人間の腹「丹田:へそ下5㎝」には衣食住、生きるための「鬼:丹田の鬼」が置かれております。「腹の霊」と書いて、腹霊(ふくれい)とも言われ、欲心担当です。

生きるために置かれてる「鬼」(英語でデビル)ですが、お釈迦様は「マラ:悪魔」と呼ばれました。「人間の命の中には悪魔(マラ)がいる。命の一部として、欲と共にある」とお釈迦様は悟られ、悟りを開くことを仏教用語で「降魔成道:ごうまじょうどう」と言います。

さて「丹田の鬼」は、人間のマイナス想念「恨み・憎しみ・嫉妬・ねたみ」等で「胸」まで上がってしまい人生にトラブルを起こすようになりますので、鬼を胸に抱かないように注意が必要です。

「魔(鬼)を降ろして道を成す:降魔成道」とは、まさに「仏陀」の生き様です。

「腹の鬼は、腹のまま」、胸の中には「恨まず・憎まず・鬼あらず」です。「空:鬼あらず」です‼

悟りの世界は「実践行」ですから、鬼を胸に抱かないように生きることが大切。鬼を抱かない思いで生活するだけでも意味があって「鬼」が胸にいなければ、それだけ穏やかに生きられます。

一般的に、”生きるための「鬼」が腹にいる”など知る人はほとんどおりませんから…人間とは無意識に「丹田の鬼」を胸に上げたり降ろしたりしているものです。

「色不異空 空不異色」「色即是空 空即是色」

これらの言葉は、般若心経「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」の中にあるものですが…、胸の中「空」で腹の中「色:丹田の鬼:欲心担当」、すなわち「鬼」は上がったり下りたりしているもので胸や腹に移動する。

そして、胸の中「空」に戻し、腹の中「色」に鬼を戻す。

「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」の意味も、「仏説:仏陀は説かれた」「摩訶:偉大なる」「般若:鬼を胸に抱えた人達」「波羅蜜多:パーラミッタ:彼岸に渡るための」「心経:心のおしえ」となります。

仏陀は説かれた、偉大なる、鬼を胸に抱えた人達が彼岸に渡るための、心のおしえ。

すなわち「空」は「鬼あらず」(胸に抱かない)

人間は「仏の心」で生きて行くことは難しいかもしれない。でも、「悟り」を開いて「空の心」で生きられればそれも可能なのだ。ということ。

死後「三途の川」を渡り「彼岸:仏様の世界」に行くときも、「鬼」はお別れしますが…胸に「鬼あらず」で生きて行かれた方々は、「鬼」とさよなら出来ますから成仏が早いです‼

「鬼あらず:空」

生きてよし死んでよし。です。


長文でした。

ありがとうございました。

zen********さん

2018/11/1711:36:08

「“有”も“無”も全て含んでいるという概念だ」という言葉は間違っています。なぜなら空とは有る無いといった二元論的思考を越えることだからです。
詳しくはこちらをご参照下さい。
https://ncode.syosetu.com/n3313cy/

t34********さん

2018/11/1302:18:27

単純に人間がかってに創造した、有や無の概念の否定です。

今までの有限、無限、有無、の概念をすてそれを物理的に証明すれば、さらなる道が開かれるという事です。

zys********さん

2018/11/1223:03:37

>「空(くう)」とは簡単に言えば、“有”も“無”も全て含んでいる
という概念だ。この世のあらゆるものを含むモノが「空」だ。

これは間違いです。

>この世にあるすべてのものは存在しない

これも間違いです。

縁起という言葉を聞いたことがあると思います。
空を理解するためには、まず縁起を学んだほうが良いでしょう。
「縁起が良い」とか「縁起でもない」とか言いますよね。
これらの言葉は「縁起」の一端はありますが、縁起を誤って
使っているものです。

さて、縁起と空とは、同じことを違う角度から説いたものです。
縁起は因縁生起(いんねんしょうき)を略したものです。
因縁生起とは『原因(因)と条件(縁)とによってものは形成される』
ということです。

あなたが形成(生まれる)された原因は、ご両親が夜中に仲良く
されたからです。
植物であっても、動物であっても、鉱物であっても、月でも、太陽でも
なんらかの原因と条件とによって誕生したものです。
逆にいうなら原因と条件なくして誕生するものは何一つありません。

このように「原因と条件とによって形成されたもの」には
共通するある特徴があります。
それは「変化する」ということです。
人間を見ても、生まれて、育って、病気をして、老いて、死にます。
これはあらゆるもの、例えば太陽であってもやがては老いて消滅するのです。
このことを諸行無常(しょぎょうむじょう)と言います。

仏教において「有る」というのならば、それは「変化しない」と
いうことになります。
生まれない、育たない、病気しない、死なない、こんな人間あり
得ないでしょ。

ものは分子、原子、クォークなどが仮に和合して成っているというのは
科学で学んだと思います。
人間に限らず、すべての物質は同じです。
「仮に和合したもの」だから死ぬと腐って分解していくのです。
仏教が違うのは肉体のみならず「心」も物質と同じように
「仮に和合している」と説いていることです。


「原因(因)と条件(縁)とによって仮に和合している」から
変化するのです。
「仮に和合している」ものを「実体」とは呼びません。
「実体」とは「変化しないもの」だからです。

このように実体のないことを「空」と言います。

nic********さん

2018/11/1219:21:37

あらゆる物は、生まれ、変化し、滅んでいくので、一定の形を保てません。一定の形が無いので、あらゆる物は「空」とされます。

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