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明治神宮にはどうしてあんなに木が茂ってるんですか?

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ID非公開さん

2018/11/1904:56:27

明治神宮にはどうしてあんなに木が茂ってるんですか?

また江戸時代は何がありましたか?

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sp7********さん

2018/11/1905:33:33

もともと小高い森(雑木林)だったところに、全国から寄せられた寄付で植樹をした結果、短期間であそこまでの鎮守の森に成長したということです。
あのあたりは江戸時代にはなにもありません。
ただの武蔵野! 渋谷川の水源地。
近隣の農家が薪を拾う入会地
(青山村と渋谷村の境界線~今の港区と渋谷区の界付近と同じ)。

昭和の初めころまで、それこそ「春の小川」が隣接地に「さらさら流れて」いたのです。
あの歌の作られたのは現地の光景をもとにしたもの。
大正9(1920)年代々木生まれのウチの母の証言です。

明治天皇の偉業を記念するための神社の造営が始まったのは今から100年ほど前。
当時、今の代々木公園の場所は代々木練兵場で、神宮はその後背地の森に建設されたのです。
JR山手線はすでに開通していました。

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shi********さん

2018/11/1907:54:39

科学的根拠のもとに計画的に植樹され、現在にいたる。


近代庭園の見本として学校で習った。

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nic********さん

2018/11/1906:59:02

あそこは彦根藩下屋敷跡です。
藩士の長屋と藩主の別宅、庭園がありました。
明治維新後は更地にされて軍の演習場になっていた記憶があります。
明治天皇没後に全国から特産の樹木を集めて植樹し、将来の樹林としたのです。

aja********さん

2018/11/1905:13:13

全国から献上されたから
江戸時代は彦根井伊家の下屋敷(初期は肥後加藤)。明治は御料地

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