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波木井(南部)実長は、日蓮を身延の地に招いたのにも関わらず、

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ID非公開さん

2018/12/220:23:35

波木井(南部)実長は、日蓮を身延の地に招いたのにも関わらず、

なぜ最終的に仏法に違背する行為を重ねたのですか?

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hou********さん

2018/12/220:57:32

顕正会では、南部実長が仏法に違背して日興上人が大石寺に移ったと教えられましたが、日興上人は我が強い人物だったのではないかと思います。それで南部実長との折り合いが悪くなり、身延山を去ったというのが事の真相のような気がします。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

tub********さん

2018/12/222:05:10

日蓮大聖人の六大弟子で、一切を付属されたのは日興上人です。
身延の別当にも任命されています。「佐渡流罪にも、お共されたのです」
大聖人滅後には、五老僧は、宗祖に背き、それぞれの自説を構え、門番
制も怠り、地方へ去ったのです。民部日向のみが身延に残り、奉公した
のですが、日興上人に敵対し、地頭・波木井実長と結託し、釈迦仏像を
建立し、釈尊を本尊と云い出し、宗祖に違背したのです。

ですから、日蓮宗身延系は釈尊本仏で、更に4つの本尊を加え、5種類の
本尊を祀るのです。日興上人は身延を離山したのです。

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