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西南戦争はああするしかなかったのではないでしょうか。 「東海道先鋒軍参謀・...

pea********さん

2018/12/506:16:59

西南戦争はああするしかなかったのではないでしょうか。

「東海道先鋒軍参謀・西郷隆盛に付いていったら、版籍奉還でクビになった」

とどうして恋人・家族に言えるでしょうか。

「軍は徴兵にするから武士は要らない」

といえば、「これが官軍・西郷のやり方か?」と言われてしまいます・

陸軍大将になるなど、軍を掌握していた西郷さんは、大久保や木戸とは立場が違います。

「おいが朝鮮国に行くでごわす。おいの死を狼煙に朝鮮に攻め込んで武功とせよ」

ここで西郷さんが解決策を議決しますが、「たいがいにせんか」と棄却されます。

結局、土地を失い薩摩に立ち往生しているかつて東海道を下った官軍たちを前にどうするのでしょうか。

「わかった。東京に意見しにいくでごわす」となるのも道理ではないでしょうか。

結局、薩摩隼人の怒りが石川県士族に乗り移るのはどうかと思いますが、西南戦争はやむを得なかった選択でなないでしょうか。

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ベストアンサーに選ばれた回答

ojy********さん

2018/12/512:09:10

いいえ

西郷は西南戦争には反対でしたから

質問した人からのコメント

2018/12/9 13:19:56

ありがとうございました。

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