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知恵袋の、

kou********さん

2018/12/2300:07:13

知恵袋の、

仏教関係者が、
ほぼ高確率で、

「自分以外の回答者は何もわかっていません。自分だけが正しい」

と言っているのは、何故ですか?

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回答数:
9

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ベストアンサーに選ばれた回答

waw********さん

編集あり2018/12/2301:29:32

自分の宗教の考えに凝り固まっているからだと思います。良く言えば信心深いのかと…。
他人の意見を理解しようともせず、自分の意見を押し通すのは楽ですし、気持ちいいのだと思います。
それか本当に間違っていたのかも…。

やはり 先の回答者さんの言われる通り「悟りを開いている方なのでしょう」が答えかと思います。

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ベストアンサー以外の回答

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h0q********さん

2018/12/2513:59:43

「我は汝をも欺いたかもしれないではないか」
ということではないですか。

sgi********さん

2018/12/2512:31:51

仏教は生命をロジックで見る哲学的な側面があるんですけども、部分として生命を見て「私の意見は正しい」というのは正しい、だから信じて疑わない、それをすこし上から見る人があって、なんだかなぁ、それって・・・って言おうものなら、何を言うか、お前こそ間違っている、自分は間違ってない、という「おまえの母ちゃんでべそ」的な論争になりがちです。

要するに視野の広さの問題です。

この手の議論は情報量と分析力がものを言います。
少ない手駒を動かして満足している人に意見するとたいていは似た反応が返ってきます。その駒の動かし方を見れば、どの程度の世界に住んでいるかがわかります。

狭い世界の中にいる人には、もうすこし大きな世界に住んでいる人のことは理解できません。それに大きな世界を見せようとするとおびえてしまいます。

昔、洞窟の中にいる人が外の世界を知るのに洞窟に映る外の世界の影をみてそれが外の世界だと信じてるみたいな話があったかと思います。洞窟から出れば素晴らしい世界が見えるよ、さあ、出ようよ、と言ってもおびえてしまって出てきません。無理に連れ出すと死んでしまうかもしれません。

どうしてかと言うと、自分の生きる世界はこう!と決めてたいていの人は生きてます。だから自分と環境の関係はとても密接で、その関係性の中で自分の人生を作っているので軌道修正するのはほとんど困難。

もしその世界に新しい世界を見せるためにはなにか知恵のようなものを使って世界の広さを知るきっかけなり動機付けを与えないと無理なんでしょ。

仏教の説く方法に方便というのがありますが、これなんかは実によくできていて、大人には大人に、子供には子供なりの解釈で楽しめる余地があります。

そういう知恵で導く必要があると思うのですが、言うほど簡単なことでもないみたいで、結構むつかしいことみたいです。

日本の大昔、
例えば、う~ん、飛鳥時代の始まり、古墳時代の終わり頃の話、

天皇が支配する時代になってましたが、豪族が力を持っていて、中央集権国家に名なってない時代、

日本のほかの国では、中国は南北朝時代の混乱から抜け出て隋が中国を統一し、朝鮮半島では百済新羅高句麗が戦争してました。日本は島国だから関係ないようなものだけど、新しい文化や文明を得るためにどうしても国際外交が必要で、日本はそれを百済と新羅に求めていた。
で、その半島情勢にかかわりを持つ必要から嫌でも目を向こうに向けなくてはいけなかった。
中国が統一国家となって大きな影響を持つようになり、その中国が仏教をあつく敬ったので冊封関係にある朝鮮半島も右に倣えして、そして日本もそうするしかなくなっていくのですが、

日本には当時二つの勢力があって、一つは土着の神だけで仏教は排除したいと思う物部氏、これに対して海外との関係を視野に入れなくては日本の国作りができないと理解してた蘇我氏。やがてこの二つの関係はぶつかり合うことになります。

そして視野の広かった蘇我氏が勝ち、日本も仏教を取り入れていくようになります。こういう日本のあけぼのの歴史をみると、日本がこれからどうしていかなくては生きていけないかと言うことを真剣に必死で考えて死に物狂いで手を打って行った側が勝ったのは偶然ではなかったような気がします。時代を見据える目と広い視野から自分や国を見ることができるというのは、こんな古い時代から求められていたんだなとびっくりします。

つまり情報量と分析力の勝利というか、

そのあと厩戸王が自分の国のことを朝日の登るところの天子と見えを切って隋の二代目の帝王にものを言って認めさせたのも、朝鮮半島の情勢をよく知り、どう中国と関わればいいかを考え抜いたからこその決断。相手の帝はかなり怒り心頭してたようですけど親書を受け入れて対等の立場で国交を開き、朝鮮の国に言うことを聞かせたという。
厩戸王は推古天皇から新しい国造りを頼まれて、仏教の教えをもとにした国作りを始めますが、その国作りはその時代の仏教解釈のままでよかった。うまく国作りができたみたいです。

でも、その当時の仏教解釈は今は通用しません。なぜなら今の時代は政教分離が原則ですからね。

そうした時代とともに変わる解釈の在り方を無視して過去の事例、伝統にこだわって現代を古い時代の解釈で見ようとすることは誰にもできません。

でも知恵袋で多くの人がしているのは、そういう間違いです。
今の時代のために、仏教をどう読んで解釈していけばいいのか、それを本当は考えなくてはいけないのですが、

圧倒的に情報が足りません。だから解釈も古臭くて、新しい解釈とぶつかり合って、あげく、私は正しいと言うことになってしまう。ま、そういう世界の中にいてそれが許される世界もあるので、邪魔にならないところでは昔の解釈のままで頑張れるんだんと思います。
でも、時代の最先端で生きる人には役立たないだろうなとは思います。(笑)

今の時代はそういう多層的な仏教的世界観のなかでたくさんの人が生きてる時代なんでしょうかね。

sam********さん

2018/12/2406:46:28

私にリクエストしてくださればよいのです。
私が「自分以外の回答者は何もわかっていません。自分だけが正しい」と言って再三投稿していることは一つです。

①「釈尊はビクサンガとの師弟関係を完全に否定した」。
必然的に
②「ビクサンガは仏弟子ではない外道である」
と言うことです。

①は『パーリ・ネハン経』(中村元『ブッダ最後の旅』岩波文庫、第1刷では62,63頁等、複数の和訳あり)に書いてあることを読めば正しいとわかります。
②は仏教では仏弟子・仏教徒ではない修行者を外道と呼ぶ、と言うことを辞書で確認すれば正しいとわかります。

だから「ビクサンガは外道である」なんて言ってるのは多分「自分だけ」だけれど正しい。

客観的・合理的に批判されたこと・間違いを指摘されたことは一度もありません。多数が正しく、少数が間違っているとは限らない。わかりやすい主張が正しく、わかりにくい主張が間違っているとも限らない。
「ビクサンガは外道である」はわかりやすくしかも正しいと思いますがどうでしょう?

更に経典で続いて説かれる自灯明・自帰依、法灯明・法帰依(自洲、法洲)はビクサンガとの師弟関係を否定する根拠・理由です。ビクサンガは自洲・法洲するから外道です、仏弟子なら他洲、仏洲します。他洲・仏洲する人が仏と師弟関係にある仏弟子・仏教徒です。

法・存在の真理の悟り(無生法忍)は自洲・法洲でいつでも、どこでも無師独悟できます。ビクサンガにとって釈尊は要らないもの、余計なものです、釈尊人気に乗っかって仏弟子と称して在家からお布施がもらえればよい、それだけ!!ということです。
仏弟子・仏教徒が他洲・仏洲して目指すのは仏の居る悟り(般舟三昧=現在仏現前三昧)=仏と言う他者に依る救い。です、無師独悟なんて有りえません。

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曹源慧能さん

2018/12/2310:22:35

自分の信念に従って回答するのはいいけれども、他人を誹謗するのはいけません。

ino********さん

2018/12/2309:20:24

「決定(けつじょう)の説は真僧を表す」(証道歌)

あやふやであっては信心・信仰にはなりません。
しかし、自ら体得したことでもないことを実しやかに吹聴する輩が多いことは何としたことでしょうね。
あの世話が多すぎます。死んでもいないくせに。

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