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戦国時代、各大名は官位を自称してましたが、左大臣を自称した大名はいますか? ...

rww********さん

2019/1/300:02:14

戦国時代、各大名は官位を自称してましたが、左大臣を自称した大名はいますか?

仮にいないなら、なぜ左大臣を自称する大名はいなかったのでしょうか?

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usai21さん

2019/1/306:59:03

戦国時代であれば美濃守護代の斉藤利親が大納言、姉小路頼綱が中納言や大納言を自称していますが、これらが最高位の自称でしょうね。

武士の官位の自称というのは闇雲に名乗っていたわけではありません。

基本的には鎌倉幕府と室町幕府の武家の官位任官をガイドラインにしており、ここから逸脱する自称はありませんでした。

鎌倉幕府では源氏門葉や北条家など有力御家人だけが従五位下、国守相当の官位に任官しました。

室町幕府では少しインフレして一般の守護、守護代レベルの武家が従五位下、国守相当に任官するようになり、管領など幕府の幹部レベルの武家は従四位下、左右京大夫相当の官位に任官しました。

地方の戦国大名はおおよそ、従五位あるいは従四位程度の官位を自称し、その家臣たちはそれよりも一段下げた官位の自称をしました。

あまり武家官位の習慣に対して突拍子もない官位を名乗っても、単に「不勉強な田舎者」扱いされるだけで却って恥をさらすだけです。

しかも、武家が参議や中納言、大納言、大臣などの官職はおろか、太政官の官職を名乗ることもなく、せいぜい外記くらいしか例がありません。
こういうことも暗黙の習慣や常識として存在していました。

本当に突拍子もなかったのは斉藤利親くらいで、姉小路頼綱は姉小路家を強引に継承したあたり、家格と官位に強い執着があり、自称ではなく、正規の中納言に任官すべく運動をしていました。

しかしそれが叶わなかったために自称していました。

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sas********さん

2019/1/307:03:34

殿上人の官位を自称してもお笑いの話しでしょう。

mia********さん

編集あり2019/1/300:44:29

大内義隆の献金による従二位兵部卿が、正式な上奏を経ていない最高位ですが、大内義隆は更に高位を望んだと言われます、官位自称はそれなりに効果があったようで、高過ぎると意味は無かったのでしょう、ローマや中国では皇帝を僭称した例もありますが、その頃の日本も高床式だったに違いなく、下郎ほどタワーマンションに住みたがる国民性が浮き彫りになります。

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