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音楽における「骨格主義」についてです。 サムです。

jan********さん

2019/1/1502:27:53

音楽における「骨格主義」についてです。
サムです。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q142016440...
において、mar***兄貴は、
ーーーー
あ、面白い事にグールドは鳴らなかった。
てか、グールドは鳴らしたり響かせたりしてはイケナイのかも。
ヤツは響きを嫌うし、第1に音質や機器、媒体を考えない未来人。
脳内配信。
ヤツの再生ほどオーディオによらないものはない。
確かに良い音で聴けば聴きやすいが、演奏の本質と無関係。
声はよく聞こえるようになりますが。
元より骨格主義。
その点でも先駆。
ーーーー
と言われています。
「骨格主義」というものが最高の名文で語られていると思いませんか?

補足mar***兄貴の詩は、マラルメより難解でしょうか?

グールド,骨格主義,未来人,名文,先駆け

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un_********さん

2019/1/1601:32:24

なるほど。何となく分かります。

確か、marjinalさんはピリオド嫌いの方ですよね。まあ「クラシック通」と呼ばれる人のほとんどがそうなんですけどね。

私も若いころは(まだピリオドなんて無かったので)モダン楽器で聴いていたわけです。そして、そのころは私も「骨格主義」みたいな考え方でした。特にバッハに関して。

今はどうだろう。「骨格」そのものを疑ってるかな?

下記の画像は、バッハの『フーガの技法』初版譜に収録された「3つの主題によるフーガ」、いわゆるBACH音型が出てくる「未完のフーガ」です。

154小節目のバス声部(ヘ音記号)は四分音符の「ラ」になっていますが、この前後の流れからすると、この「ラ」は全音符でしっかり伸ばすのが自然なんです。ここが四分音符で短く途切れている理由は「テノール声部を左手で弾くとすると、バス声部のラから指を離さざるを得ないから」しかないと思うんですよ。

154小節目のテノール声部は八分音符で「ラミレドシラシレ」となっています。ここは実際に弾いてみると、最初のラを左手、ミを右手、レドシラシレをまた左手で弾くとスムーズに弾けます。その場合、レドシラシレのところでは、1オクターブ下のラ(バス声部)から指を離さざるを得なくなります。

このような個所がいくつかあり、バッハがチェンバロを想定していると考えられる根拠の一つです。

私はべつに「チェンバロ以外の楽器で弾くな」と言いたいのではありません。

もしバッハが弦楽合奏を想定していたら、つまり「10本の指だけで弾く」という制約がなかったら、ここは全音符を書いたのではないだろうか。だとすると、この曲を弦楽合奏で演奏する場合、はたして楽譜通りに弾くのがベストなのだろうか。それよりも、弦楽合奏で最も美しく響くように楽譜をアレンジして演奏するほうが、むしろバッハの意に適うのではないだろうか?

すると、どちらが「骨格」なのでしょう。「楽譜通り」が「骨格」なのか。それとも、「バッハの頭の中ではここは全音符で鳴っていたのではないか」と考えて、それを「骨格」と見るのか。

別の例を挙げましょう。バッハ自身による編曲の例です。

①『カンタータ第156番』より第1曲:シンフォニア
http://www.youtube.com/watch?v=x6LNdz43a1I
②『チェンバロ協奏曲第5番ヘ短調』より第2楽章
http://www.youtube.com/watch?v=yLBHK98KeiI

①に比べて②では華麗な装飾音が加えられているだけでなく小節数も増えています。②の細やかな装飾はチェンバロの音色には合いますが、オーボエには合いません。この曲の「骨格」はどこにあるのか?

どちらが「骨格」というよりも、バッハは楽器の編成を変えるたびに「骨格」そのものを変えていったのではないか?

同じことを「現代ピアノによるバッハ演奏」を聴くたびに思います。チェンバロでは細やかな装飾音をたくさん入れると美しく響きます。しかし現代ピアノは鍵盤のタッチが重く、音色も重いので、バッハが楽譜に書いた通りの装飾音を入れると、少々うるさく感じます。現代ピアノで弾く場合には、チェンバロの音色を想定した装飾音は思い切って変えてしまう方がいいのではないでしょうか。

人体の骨格は、遺伝子によって一義的に決まっているのではなく、食事や生活環境によって変わってきます。

畳に正座する生活か、椅子に腰かける生活か。和式便器にしゃがむ生活か、洋式便器に腰かける生活か。それによって足の骨の形状は違ってきます。

私は年老いた両親の介護をしていますが、両親ともに膝の関節が変形してきています。私も最近は膝の痛みを感じることがあり、そろそろ膝が変形してきているのかもしれません。

人間の骨格は、日々、変化しています。

音楽の「骨格」も同じようなもので、一定不変のものではなく、「肉付け」にあたる楽器の音色が変われば、「骨格」も変わるのではないか?

ま、そんなようなイメージでとらえています。

なるほど。何となく分かります。...

  • 質問者

    jan********さん

    2019/1/1701:00:30

    >このような個所がいくつかあり、バッハがチェンバロを想定していると考えられる根拠の一つです。
    ーー>
    なるほどです・・・

    >①に比べて②では華麗な装飾音が加えられているだけでなく小節数も増えています。②の細やかな装飾はチェンバロの音色には合いますが、オーボエには合いません。この曲の「骨格」はどこにあるのか?

    どちらが「骨格」というよりも、バッハは楽器の編成を変えるたびに「骨格」そのものを変えていったのではないか?
    ーー>
    骨格と言う意味が、不変ではないということですかね!



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mot********さん

2019/1/1505:21:02

私には、難しすぎて、意味が分かりません。
こんな難しいウンチクを語らないと、グールドは聞けないのですか?
グールドって、B級演奏家なんですね。

  • 質問者

    jan********さん

    2019/1/1700:32:07

    いやぁー、これは事実です。
    サムもおなじです。
    こんなことばかり考えています。
    この考えは、まったく正当なんです。
    感動します。
    クラックは難しいです。

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