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音楽における「骨格主義」についてです。 サムです。

jan********さん

2019/1/1502:27:53

音楽における「骨格主義」についてです。
サムです。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q142016440...
において、mar***兄貴は、
ーーーー
あ、面白い事にグールドは鳴らなかった。
てか、グールドは鳴らしたり響かせたりしてはイケナイのかも。
ヤツは響きを嫌うし、第1に音質や機器、媒体を考えない未来人。
脳内配信。
ヤツの再生ほどオーディオによらないものはない。
確かに良い音で聴けば聴きやすいが、演奏の本質と無関係。
声はよく聞こえるようになりますが。
元より骨格主義。
その点でも先駆。
ーーーー
と言われています。
「骨格主義」というものが最高の名文で語られていると思いませんか?

補足mar***兄貴の詩は、マラルメより難解でしょうか?

グールド,骨格主義,バッハ,レドシラシレ,未来人,チェンバロ,名文

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mar********さん

2019/1/1904:29:44

自分の拙文を説明するほど恥の上塗りはないが、他の人に余計な手間を掛けさせるのも悪いので説明責任?って事で御容赦。
マラルメ?
昔々、翻訳バイトをしてて専門以外の文学系なんかで如何に自分の文才がないか痛感。
詩人など遥かに遠い死人の言にて。

「骨格主義」とはサムさんとのやり取りの中で提唱された語。
お互いのやり取りの中だから便利な符牒みたいなとこはあります。
で、本来の意味は提唱されたサムさんにしか分からないが、自分が思ったのは「骨格」とは、音楽の響き・色彩・演奏・録音…などに関係なく存在する骨のようなもの、音楽の本質、または核と云った部分ではないか?と。
ある側面では楽譜と云うものと交わるかも知れない。
自分は響きや色彩が贔屓なんで、それと対立する概念だと思ってます。

で、骨格と響き。
ある意味、クラシック音楽の2面性。
自然科学みたいに普遍的な面と、国や時代に属する特殊、個性的な面。
数学ではないから、国や時代から全く離れて作品は出来ない。
それが文化。
で、クラシック音楽の2面性のうちサムさんは前者、自分は後者に重点が。
サムさんは本質を聴きたいし、自分は国ごとの特殊な響きやカラー、即ち文化を聴きたい。
ドイツの個性、フランスの個性、ロシアの個性…を自分は聴きたい。

で、グールド。
グールドの凄いところは、その国や時代から解放されているところ。
バッハはもはやドイツでも18世紀でもない。
ある抽象的な音楽。
その為に響きを捨象。
響きこそ言語、言葉同様、文化ごとに異なる。
グールドは、それを排した「骨格主義」者。
「月の光」すらスタッカート!
そりゃ、マラルメからは遥かに遠い(笑)。
響き重視の自分としてはその骨格主義者の徹底振りが逆に魅力、作品の普段とは違った面が浮き彫りに。
ヨーロッパから離れたカナダの地も利したと思います。
カナダ産はあるが、カナダ風なんかない。
いや、あれがカナダ風?笑

引用された拙文はオーディオ関連。
グールドは骨格主義者。
他を捨象しても本質を伝えたい人。
だから、オーディオ機器に左右されない音作り、演奏。
小さなラジオからでもグールドの意図、本質、骨格は聴ける。
最初から彼はそのように仕組んだのだ、とすら思う。
理想は聴き手の脳に直接働き掛ける事、つまり「脳内配信」。
ま、グールド曰く「演奏は自分とピアノとの情事」らしいからコンサートもしない、オープンにもしない、観たい人だけへの裏配信かも(笑)。

あ、他の方へ。
拙文にお手間を取らせ申し訳ないです。
因みに自分はピリオド贔屓ですよ。
時代の個性を聴きたいですから。
モダンチェンバロは嫌いだし、BWV1079はレオンハルト、ヘンデルのソナタ集はブリュッヘンしかまず聴かない。
SEONの世代。
高校時代 はリンデ先生の本を読み、MOECK社のカタログを毎日眺めてた。
将来は古楽器奏者に…笑
でも、80年代からピリオド楽器使用を大義名分に余りに好き勝手、奇を衒うだけの演奏も増えた。
それが嫌い。
楽器の響きは贔屓です。
ま、管弦楽とかはモダン大編成が贔屓ですが。
あ、あとグールドがB級の耳はCDだろうかと(笑)。
クラシックはJAZZじゃないんだから頭を使うのも楽しい。

長々と失礼。
サムさんに「文は短くしろ!」って、また怒られますね。
でも、骨格だけシンプルにすると先の引用文みたいになって了います。
すみません。
あ、でも引用文のギャラ下さい(笑)。

  • 質問者

    jan********さん

    2019/1/2007:13:16

    >自分が思ったのは「骨格」とは、音楽の響き・色彩・演奏・録音…などに関係なく存在する骨のようなもの、音楽の本質、または核と云った部分ではないか?
    ーー>
    まったくそのとおり!

    >自分は響きや色彩が贔屓なんで、それと対立する概念だと思ってます。
    ーー>
    しかりですね!
    まったくそのとおり!

    >サムさんは本質を聴きたいし、自分は国ごとの特殊な響きやカラー、即ち文化を聴きたい。
    ーー>
    そのとおりです。
    サムは、そんなものなんかどうでもいい!

    >グールドの凄いところは、その国や時代から解放されているところ。
    ーー>
    然りです。

    >小さなラジオからでもグールドの意図、本質、骨格は聴ける。
    最初から彼はそのように仕組んだのだ、とすら思う。
    理想は聴き手の脳に直接働き掛ける事、つまり「脳内配信」。
    ーー>
    そのとおり!
    大規模なオーディオ装置は嫌いなサムです!
    貧乏人からかもしれません。

    つづく・・・



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質問した人からのコメント

2019/1/20 08:15:42

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cyc********さん

2019/1/1913:11:10

「骨格主義」という言葉に惹かれました。なるほどと思う。だけどつらつら考えたらバッハだからこそグールドは骨格主義で行けるんじゃないかなと思ったんですが。

つまりバッハの音楽自体が骨格主義なんじゃないかな。ご存じの通りバッハはどういう楽器でも弾くことができます。だからそういう意味で脳内配信でも済む音楽。

シェーンベルクやウェーベルンの無調・12音技法の音楽やヒンデミットの作品も脳内で可能ですね。骨格主義で行けます。

だけど一方でグールドが良く弾いたベートーヴェンの協奏曲などは脳内配信だけじゃ無理じゃないでしょうか。4番とか5番とかロマン派に近い作品は特に。ピアノの美しい響きがないと死んでしまいます。こっちはやっぱり骨格主義と言うより肉体主義でしょう。

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un_********さん

2019/1/1601:32:24

なるほど。何となく分かります。

確か、marjinalさんはピリオド嫌いの方ですよね。まあ「クラシック通」と呼ばれる人のほとんどがそうなんですけどね。

私も若いころは(まだピリオドなんて無かったので)モダン楽器で聴いていたわけです。そして、そのころは私も「骨格主義」みたいな考え方でした。特にバッハに関して。

今はどうだろう。「骨格」そのものを疑ってるかな?

下記の画像は、バッハの『フーガの技法』初版譜に収録された「3つの主題によるフーガ」、いわゆるBACH音型が出てくる「未完のフーガ」です。

154小節目のバス声部(ヘ音記号)は四分音符の「ラ」になっていますが、この前後の流れからすると、この「ラ」は全音符でしっかり伸ばすのが自然なんです。ここが四分音符で短く途切れている理由は「テノール声部を左手で弾くとすると、バス声部のラから指を離さざるを得ないから」しかないと思うんですよ。

154小節目のテノール声部は八分音符で「ラミレドシラシレ」となっています。ここは実際に弾いてみると、最初のラを左手、ミを右手、レドシラシレをまた左手で弾くとスムーズに弾けます。その場合、レドシラシレのところでは、1オクターブ下のラ(バス声部)から指を離さざるを得なくなります。

このような個所がいくつかあり、バッハがチェンバロを想定していると考えられる根拠の一つです。

私はべつに「チェンバロ以外の楽器で弾くな」と言いたいのではありません。

もしバッハが弦楽合奏を想定していたら、つまり「10本の指だけで弾く」という制約がなかったら、ここは全音符を書いたのではないだろうか。だとすると、この曲を弦楽合奏で演奏する場合、はたして楽譜通りに弾くのがベストなのだろうか。それよりも、弦楽合奏で最も美しく響くように楽譜をアレンジして演奏するほうが、むしろバッハの意に適うのではないだろうか?

すると、どちらが「骨格」なのでしょう。「楽譜通り」が「骨格」なのか。それとも、「バッハの頭の中ではここは全音符で鳴っていたのではないか」と考えて、それを「骨格」と見るのか。

別の例を挙げましょう。バッハ自身による編曲の例です。

①『カンタータ第156番』より第1曲:シンフォニア
http://www.youtube.com/watch?v=x6LNdz43a1I
②『チェンバロ協奏曲第5番ヘ短調』より第2楽章
http://www.youtube.com/watch?v=yLBHK98KeiI

①に比べて②では華麗な装飾音が加えられているだけでなく小節数も増えています。②の細やかな装飾はチェンバロの音色には合いますが、オーボエには合いません。この曲の「骨格」はどこにあるのか?

どちらが「骨格」というよりも、バッハは楽器の編成を変えるたびに「骨格」そのものを変えていったのではないか?

同じことを「現代ピアノによるバッハ演奏」を聴くたびに思います。チェンバロでは細やかな装飾音をたくさん入れると美しく響きます。しかし現代ピアノは鍵盤のタッチが重く、音色も重いので、バッハが楽譜に書いた通りの装飾音を入れると、少々うるさく感じます。現代ピアノで弾く場合には、チェンバロの音色を想定した装飾音は思い切って変えてしまう方がいいのではないでしょうか。

人体の骨格は、遺伝子によって一義的に決まっているのではなく、食事や生活環境によって変わってきます。

畳に正座する生活か、椅子に腰かける生活か。和式便器にしゃがむ生活か、洋式便器に腰かける生活か。それによって足の骨の形状は違ってきます。

私は年老いた両親の介護をしていますが、両親ともに膝の関節が変形してきています。私も最近は膝の痛みを感じることがあり、そろそろ膝が変形してきているのかもしれません。

人間の骨格は、日々、変化しています。

音楽の「骨格」も同じようなもので、一定不変のものではなく、「肉付け」にあたる楽器の音色が変われば、「骨格」も変わるのではないか?

ま、そんなようなイメージでとらえています。

なるほど。何となく分かります。...

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mot********さん

2019/1/1505:21:02

私には、難しすぎて、意味が分かりません。
こんな難しいウンチクを語らないと、グールドは聞けないのですか?
グールドって、B級演奏家なんですね。

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