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岩倉使節団が不平等条約改正しに行ったあと

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ID非公開さん

2019/1/1614:55:27

岩倉使節団が不平等条約改正しに行ったあと

日本はその後どうなったのですか?
至急お願いします。

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ベストアンサーに選ばれた回答

min********さん

2019/1/1616:44:55

改正しに行ったけれど無視されてアメリカの文化、政治、産業を見に行ったに過ぎなかった

日本では征韓論が高まっていた。征韓論っていうのは不平士族の反政府感情を征韓をすることによってそちらに関心を向けさせるため。なんで韓国を襲うかというと韓国は鎖国していたりや王政復古の通知を受諾することを拒否していたから。

板垣、西郷、後藤象二郎、江藤新平、副島種臣は征韓を実施しようとした。このとき日本にいた木戸孝允は征韓に反対していたから辞職した。

板垣、西郷、後藤、江藤、副島たちはアメリカから帰ってきた岩倉使節団の岩倉具視たちに征韓することを反対された。彼らは下野(故郷に帰る)するしかなかった

1874年 西郷を除く下野組は岩倉らの高貴な人間が独裁的な政治をすることを有司専制と批判して左院に
民撰議院設立建白書
(国民も政治に参加させろの意)
を提出した。

答えは
条約改正できなかった
もしくは
民撰議院設立建白書が提出された

大学受験程度の知識で申し訳ないです。

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