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大学の卒業論文の面接口頭試問で試験官の教授から 「データに根拠が無い」 「文...

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ID非公開さん

2019/1/3022:09:04

大学の卒業論文の面接口頭試問で試験官の教授から
「データに根拠が無い」
「文章力が無く国語力も無い」
「何を言いたいのか読む限りでは全く分からない」

などなどと褒められた言葉など一言も無くフルボッコにされたのに
他の人に聞くとそれでも合格だと言います。
教授から酷評された卒論なのに何で合格だと言えるのですか?
それだけ酷評された駄目卒論なら不合格で落第で留年になるんじゃないですか?
酷評されてフルボッコにされた卒論が合格だなんて
自分で言うのも何ですか変じゃないですか?
いったい卒論の合否の基準ってどういうことになっているのですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

moy********さん

2019/1/3023:08:12

卒論というのは、合否基準と評価基準は別にあると思います。

卒論の合否基準は、論文としての体裁(緒論、方法、結果、考察、文献など)が整った論文が、書式にのっとり、期限内に提出されたかどうかだと思います。
一方で、卒論の評価基準(例えばABCD)は、その妥当性、論理性、客観性などだと思います。

個人的に思うのは、期限内に提出された論文が、コピペ、代筆、ねつ造、極端な分量不足であるというような、明確な証拠、状況でもない限り、不合格にするというのはかなり難しいということです。受け取った以上、落としようがないというか。

例えば、日本語になっていないとしても、どの程度なっていないか、説明するのは難しいし、データに根拠がないなんて、教育活動なんですから、論文完成後の指摘ではなく、途中のゼミとか個別指導の段階で担当教授が指摘、修正させるべきもので、いわば教授の問題だと思います。もちろん大学によって指導方法、形態は多様でしょうけれど、不合格にして、争いになったら必ずしも先生が有利とは思えません。

よって、先生がどれだけ酷評しようとも、合否については合だと思いますよ。ただし、その評価がどうなるかは、その先生の判断になると思います。またその評価は

以下想像です。

その先生の年齢などはわかりませんが、その先生からしてみると、フルボッコにしたというよりも、慣習として問題点を指摘しているだけだと思いますよ。

卒論というのは、内容も大事かもしれませんが、それよりも研究テーマへのアプロ―ととか、考察の論理性、表現の妥当性など、普遍的な能力を育てることが主眼だと思います。その先生は、その論文をけなしているというよりは、あなたがこれから仕事をするときに必要な指摘をしているという感覚だと思います。それが教育だと思い込んでいるんだと思います。

大学の教授というのは、自分が受けてきた教育、指導を、多かれ少なかれ引き継いでいるものだと思います。その先生も厳しい指導、指摘を受けてきたのではないでしょうか。

あまり気にしなくてもよいように思いますよ。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

yuh********さん

2019/1/3100:50:51

私論で申し訳ありませんが、真に優れた卒論というのもあると思います。私が学生時代(もう40年も前の話ですが)に、教授に卒論指導を受けに研究室を訪れると、大学の廊下に鍵のかかったロッカーに歴代の優秀卒論の現物が保存されていましたね。但し、年に何千人も卒業生がいる大学なのに、もう何十年も前からの論文が残されているのは、どう考えても数十冊程度だったように思います。

後で、大学院に進級してから分かったのは、修士論文や博士論文は大学には残さず、その個人のものとなります(印刷されて発表されることはありますが)。
昔のことで、まだワープロ文字での印字も出来ず、皆、手書きで原稿用紙に書いたものを、大学の近所にある印刷屋で製本だけをしてもらい、厚い表紙で綴じて提出していたんですね。

私の指導教授は、我が国でも珍しい比較神話学という分野の第1人者でしたが、結構厳しく指摘され、返された卒論には「努力は認めるが、何を言いたいのかよく分からない。80点丁度。」とだけ赤インクで書かれていました。80点というのは学外に出す評定としては優・良・可の中では優だったのですが、チョッとガッカリしましたね。私の大学では、A・B・C・D・F・G・Hと7段階評価になっていて、80点は「B」だったんですね。
本当のところは、学部の総代として卒業証書を授与されることを狙っていたんですがね…。代表は、悔しいけれども、後に大学にずッと残って教授にまで上り詰めたヤツでした。

その教授には大学院でもお世話になり、私はというと結局実家の都合で大学を去り、公務員になって40年近く勤め、定年退職した今でも、まだお手紙などのお付き合いはさせて戴いておりますので、決っして恨み言を言う心算(つも)りもありませんが、やはり、あの「80点丁度」という評価は、自分の能力を見抜かれていたんだなあ、と、人生が終わりかけた今でも思い出しますね。
結果論としては、やはり、教授になるような方は、鋭く学生の能力を見抜いているんだな、ということです。

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