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源実朝は右大臣にまで昇進していますが、源氏長者には任じられていませんよね?

粒焼次郎さん

2019/2/1015:48:55

源実朝は右大臣にまで昇進していますが、源氏長者には任じられていませんよね?

氏長者は、氏族内で最高位にある者が任じられる慣例になっていると思いますが、実朝が源氏長者にならなかったのは、単に右大臣になってから日が浅いうちに殺されたからでしょうか。当時の太政大臣は藤原氏ですが、まさか左大臣が源氏だったということはないですよね。

それとも、この時代は官位が上であっても、武家が氏長者になるには壁が厚かったのでしょうか(というか、清盛は平氏長者になっていたのでしょうかね)。

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knz********さん

2019/2/1019:25:26

朝廷は先例主義です。まず、氏長者選定権は天皇(院政の時は治天の君〔天皇父・祖父〕の上皇・法皇)にあります。鎌倉時代前期には、藤原氏長者は摂関家で現職の摂関、源氏長者は村上源氏の基本的に最上位者、平氏の長者は桓武平氏高棟王流(公家平氏)の最上位者(公卿)です。これが先例(出自を含めて)であり、これを破るには強力な働きかけが必要です。将軍源頼朝が源氏長者の大納言源通光より上位の官である内大臣に超越したとしても、自身の長者就任を押すことは公家社会全般の反発を招き、後鳥羽上皇とある意味では協調して公家社会と付き合っていた実朝にとってマイナスこそあれプラスにはなりません。後鳥羽上皇は個性的で自身の意志を押す治天の君ですが、それでも公家社会に波を立てることはしません。従って、朝廷・幕府とも実朝の源氏長者就任を発想することはありえません。

義光が源氏長者になったので、すでに朝廷の力が衰え、完全に室町幕府が左右できていたからで、先例破りは出来たわけで、この義満が先例となって、徳川家康の源氏長者も出来たのです。

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wkp********さん

編集あり2019/2/1019:02:53

氏長者は、天皇に、任命されてなれます。
源氏は、武将の家柄と思われ勝ちですが、
嵯峨源氏、村上源氏など、公卿の家柄が多数あり、
朝廷と対抗勢力である鎌倉源氏が、氏長者になるのは、朝廷側のこけんにかかわります。
源実朝の右大臣就任は、官位をあげて、
その役職の重さで、
心労させ、困らそうとした朝廷の嫌がらせです。これを官打ちという。

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gen********さん

2019/2/1017:22:39

積極的な猟官運動しなかったので、公家に流れたとしか考えられない。本気でやれば宣下に至ったはず。

>この時代は官位が上であっても、武家が氏長者になるには壁が厚かったのでしょうか
そんなことはない。貴種でもない地方御家人の北条ですら平氏長者の宣下を受けている。執権の力と財では。
もちろん、白河院の落胤と噂される清盛は言うに及ばない。

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