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民主主義に未来はありますか? 利権主義、目立ちたがり主義になり下がっていく運...

tff********さん

2019/2/1504:52:00

民主主義に未来はありますか?
利権主義、目立ちたがり主義になり下がっていく運命があるのみではないでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

nan********さん

2019/2/1517:56:38

見解を述べさせて頂きます。テーマが難しいものなので、かなり長文になります。御容赦下さい。

元々、民主主義という言葉自体は「多数者支配」を意味する言葉です。詰まり、王侯貴族の様な特定の支配階層を廃し、民衆が支配者にも被支配者にも成る思想・体制を表します。逆に言うと、この「多数者支配」がどの様にあるべきかを巡って様々な方向性があります。民主主義と言っても一様ではない訳です。

例えば、先ず「直接民主制か、間接民主制か」という問いがあります。理念で言えば前者がより民主的ではあるでしょう。反面、拡大・複雑化した社会で全ての人間が一堂に会して議論を行うのは不可能だ、という反論があります。今日では後者が優勢で、多くの国は間接民主制(民衆の代表者による政治決定)を採用しています。
問題は、「民衆の代表」を名乗る人々(代議士等)が、常に額面通りの存在ではなかったという事です。特に時間の経過と共に、民主と代表の間の乖離が深刻化して行きます。

究極的には「民衆の代表」を名乗る人間が権力を握っていれば「民主制」を名乗る事が出来てしまう訳です。例えば、かつてのファシストは「民族の代表者」でした。実際、そのプロセスに多くの問題があったとは言え、彼等は一応は民主制の手順に則って政権を掌握しました。党官僚の専制と化した旧共産圏のスターリン主義者達ですら、自分達を「人民の代弁者」と称して憚らなかった。
ファシズムの民族主義もコミュニズムの人民民主主義も、名目上は「人民の政治」です。名目上の民主制は存在すれど、その実態としては特定の党派・階層による権力掌握が行われている事は多い。
世襲君主・世襲貴族は存在せずとも、大衆を煽動・動員する事で権力を掌握するソフィストやデマゴーグの様な存在は古今東西、枚挙に遑がない。それは、現代の自由民主主義とて例外ではありません。

自由主義と言っても色々ありますが、基本的に「上(国家)への自由」「個が束縛を受けない事」を志向するのが自由主義であり、自由民主主義は自由主義の影響を多大に受けた民主主義であると言えます。
しかし、それは時に「強い個による、弱い個への圧迫・支配」に繋がりかねません。特に、「個」というのは個人に限らず有力な党派・企業体や財閥・利益集団といった組織・法人も含まれます。それは次第に固定的な政界や財界へと集中し、最終的に巨大な権力の構造体を生み出し、政府の実権をも掌握する。
自由民主制下での「視えない独裁」は今日、世界中で見受けられます。それは表面的には合法的な形で行われ、明確な体制として表れる訳ではありません。それ故に、吾々は漠然としかそれを捉えらえない事も多い。気付けば、何時の間にか政治的決定が為され、利権の流れや分配が決定され、民衆は受け入れる他なくなっている。政治は益々「上層での利権の争奪戦」や「パフォーマンスの政治」と化して行くのかも知れません。

他の解答者の方に「私利私欲の無い独裁」を挙げておられる方がいらっしゃいます。仰る事は全く分からない訳でもありません。それはプラトンの「哲人王思想」以来求められて来ました。それは確かに短期的には成功に近づいた例もあります。
しかし、短期的にはプラスに働いても、長期的に悪影響を齎した例も多い。その人物の治世において民衆の利益と思われた事が、後の世代につけを払わせる事に成る事もあります。また、仮に一人の指導者が聖人君主の様な人物であっても、後継者まで誠実な人物とは限らない。
そもそも特定の人物の良心に何処まで期待すべきなのか。特定の党派・君主に人々の運命を何処まで委ねて良いのか。権力が特定の家系や階層に集中する事が権力の腐敗を生みリスクは否定出来ないのではないか。それが失敗した時、その君主や党派の責任を糾弾するだけで問題は解決するのか。
更に言えば、私利私欲は地位によって生み出される事も珍しくない。強大な権力を握った事で、かつては利他的で誠実な人物が、利己的で視野の狭い人物に変貌する事も珍しくはないのです。それは、仮にカリスマ的な指導者であっても、巨大な権力の構造・潮流の中の有力者であるに過ぎず、その構造・流れに取り込まれてしまえば、当人の人格ですら従属的なものと化してしまうからです。

しかし、一方で別の民主制を模索する向きもあります。例えば、権力の源泉を「編成された概念としての〈大衆〉」ではなく、「個々に独立しつつ共通の関心によって結ばれた個人としての〈市民〉」に求めようという向きがあります。
それは、ある意味では一度は否定的に扱われた「直接民主制」「公衆自治」の再考であるとも言えます。仮に完全な実現は不可能でも、それを模索する過程があってこそ、新しい民主政は生まれるのではないか、という考えです。

欧米には共和主義という思想があります。それは日本等では「非君主制」「民主主義と同じ」と勘違いされがちですが、実際は異なります。共和主義は君主制国家でも存在する思想であり、象徴的君主制度と共存可能な思想であるからです。実際、明治時代に活躍した谷干城は保守主義者でありながら、スイス等の体制を学ぶ過程で共和主義を知り、「共和主義者」を名乗った事もありました。
「政治共同体を(構成員たる)市民の参画・合議によって決定して行く」という、民主主義と似て非なる思想です。民主主義は「多数者としての民衆」に権力の源泉を見て、その支持を得た代表者や多数決で政治決定を行います。一方、共和主義者は「政治共同体に参画する権利・義務を勝ち取った」存在である〈市民〉による熟議に基づき政治決定が為され、「市民により共有された責任」の下に実践される訳です。
共和主義は米国では「(見識ある人々としての)市民による合議の思想」として、民主主義と牽制関係にある思想となっています。一方で、フランス・スイス・イタリア等では民主主義と共和主義が融合した「民主共和政治」という考えがあります。

民主共和政は「政治的に受動的な大衆を、能動的な市民に変え」、「市民による自治・合議に基づく民主政体の力で政治決定を行おう」という思想であります。民主共和政治は公共心を持った市民が、共通の利益(公益)を巡って議論し、その中で研磨された公論に沿って政治共同体が機能します。それは民衆に負担や責任を要求する思想であり、安定した権力が形成され辛いが故の不安定さを抱えた思想であります。しかし、一方で「市民の民主政体」が「中間集団(徒党・財閥・利益集団等)」による支配を解体し、民衆による自律的な政治を実現するという考えは根強く存在します。
私は、こうした向きでの民主主義は今後も意味を持つのではないかと思うのです。詰まり、人間が自分達の社会的結束の在り方を自分達で決定する「自治」の思想としての民主共和制は今後も模索される余地があるという事です。
当然、ある程度関心が共有出来る環境が必要となります。ルソーの言に沿えば、民主共和政は「小国でなければ実現しない」「最も実現維持が難しく」、それでいて「最も望ましい政治の在り方」という事になるのでしょう。しかし、その実現困難な政治の在り方を模索する事が必然的に政治に変化や方向性を与え、政治社会を発展させます。こうした「挑戦する民主主義」には意味があるのだと思います。逆に、既に凝り固まった「形式だけの民主主義」に政治的な意義を見出す事は難しいでしょう。

  • 質問者

    tff********さん

    2019/2/1518:46:53

    現在、代議士等に当てられる予算を、民主共和制に参画する市民に振り当てることができればいいのですが。
    回答ありがとうございます!
    勉強になりました。

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質問した人からのコメント

2019/2/21 15:06:25

現状から目を背け、目の前の利益に汲汲となっている現状を変えていくことが迫られている。タイタン号に乗船するのは、皆さん御免蒙るというのが本音では?
勉強になりました。
回答ありがとうございます!

ベストアンサー以外の回答

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fil********さん

2019/2/1900:40:08

そもそも教育不足、愛情不足、必需不足などで未熟な民衆に任せるのは危険です。 勿論、利権などに走る政治や企業のトップにも任せてはなりませんね。
未来は人類の英知で作った、地球と地球上の全ての生き物に忠誠を誓うことをプログラムされた人工知能に方向付けさせるのがベストでしょう。
いずれにせよ、未来に向かいたいなら、我々全員が地球と地球上の全ての生き物に忠誠を誓うことが必要です。 それをしなければ、時代は進むけれど何も変わらず今と同じ人的被害が後を絶たないでしょう。

yph********さん

2019/2/1520:31:34

遠い昔、民主主義は、自由・平等・博愛など、希望の意味が多くありました。
しかしながら、最近の半世紀においては、「侵略」「資源略奪」の意味となりました。
アラブに春の各国のデモの先頭には必ずCIAの要員がおりました。


民主主義に未来などあろうはずがないのです。

ただ、中華思想に敗北した中国共産党にも未来はありません。(付け足しですが。誤解を防ぎたく。)

tec********さん

2019/2/1520:23:22

民主主義は「組織の重要な意思決定を、その組織の構成員が行う」という主義の事ですね。

日本の意思決定は、多くの国が採用している間接民主主義。利権に繋がるという事でもないのではないでしょうか。

共産主義を含む社会主義は歴史的に特権階級を生み出して崩壊しますね。こちらの方が一部の者が利権を占有するという事になるのかと。

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rie********さん

2019/2/1519:23:18

利権主義も目立ちたがり主義も封建時代の名残り、前近代性の尻尾、後進性の証だ。

それに対してやるべき事をやらんのも封建時代の名残り、前近代性、後進性の証だ。

民主主義に反したことをやって、ほれ民主主義の終わりだ、ってのを詐欺とゆふ。

それも目立ちたがりの後進性だわな。

やるべきことをやって後進性を是正する、それが民主主義だ。

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har********さん

2019/2/1518:19:52

未来があるか否かは私達にかかっているでしょう。
何故なら、それの主体は私達ですから。
貴方や多くの人が諦めればそれに未来は無い。
故に、考え、監視し、発信し続けなければならない責任を私達は主権と引き換えに負っているのです。

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