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石田三成の挙兵は豊臣家の行く末を案じた義挙ですか? 自分の地位を守るための保...

田所浩二さん

2019/2/2020:11:54

石田三成の挙兵は豊臣家の行く末を案じた義挙ですか?
自分の地位を守るための保身ですか?

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dan********さん

2019/2/2100:15:22

保身のためだと見れます。

奉行時代には徳川家康に何もしていません。
むしろ前田家と徳川家の争いの際には仲裁に入ったり
家康が暗殺される際にはそれを家康に伝えたと言われます。

それが豊臣家の武将たちに自身の罪を問われ
蟄居させられると決起しています。

そして豊臣家の淀殿は下のように三成の決起を徳川家康に
謀叛と伝えており石田三成が豊臣家と話し合いもせずに
決起したことが解ります。

「7月27日付の榊原康政から秋田実季に宛てた書状によると、三成と吉継が謀反を企てているので、事態を沈静化させるために急いで家康に上洛をするように淀殿と三奉行(増田長盛、長束正家、前田玄以)から書状を送っていることがわかる[9]。このことから淀殿には家康・秀忠父子を主軸とした秀吉遺言覚書体制、すなわち内府(家康)・五奉行(ないし三奉行)体制による政権運営を是認する、確たる意思があったことが窺える[10]。」

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peace2qazさん

2019/2/2108:00:47

石田三成の対徳川戦。

徳川は前田・上杉を臣従させようと圧力をかけ始めました。

前田のように徳川の家来化するか、上杉とともに戦うかの選択です。

武蔵さん

2019/2/2022:50:25

人間の行動は二社択一で決められる物ではありません。

豊臣家を守り、自分の権力も保持できる。家康潰しは一石二鳥の大勝負だったのです。

家康が天下を取ればいずれ加藤や福島のように冷や飯を食わされて改易されるのが聡明な三成には見えていたから上杉・毛利・宇喜多の三大老を味方にしてのるかそるかの大勝負に出たのです。

自分を寺小姓から引き上げて大名にまで取り立ててくれた大恩ある秀吉の豊臣家を乗っ取ろうとする筆頭大老家康を討つ稀代の忠臣です。そして豊臣政権の筆頭大老で専横に振る舞う家康が消えれば三成の地位は上がり豊臣政権の中で権力を握ることが出来る。三成は稀代の野心家でもあったのです。

三成には家康のように豊臣家を乗っ取る気はなかったでしょう。

nad********さん

2019/2/2021:58:05

保身です。
豊臣を守ろうなど考えてません。
とりあえず豊臣政権内での地位の保持、敵対している福島、加藤を潰そうとした。
徳川は石田と政権内での権力を高めようとしていたため、徳川からすると裏切りに近いです。

ero********さん

2019/2/2021:55:22

徳川家康に天下を取らせるための当て馬。

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