ここから本文です

日本が行った真珠湾への奇襲攻撃ですが、あれってアメリカは攻撃されるのを分かっ...

har********さん

2019/2/2111:01:06

日本が行った真珠湾への奇襲攻撃ですが、あれってアメリカは攻撃されるのを分かっていたのでしょうか?

閲覧数:
86
回答数:
7

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

one********さん

2019/2/2118:01:15

日米交渉で使用されていた日本外務省の"紫"暗号は完全に米側に解読されていました。

日米交渉覚書(所謂最後通牒 902番電信)は全部で14に分けて、1部ずつ1941年12月6日午前8時00分(東部標準時)から送信を開始して、13部までは同日午前11時07分(東部標準時)までに全て送信しています。

送信所要時間は約3時間。

902番電信1~13部までは、全て"紫"暗号を使用し、本文は日本語でした。

米側はこれを傍受・解読・翻訳して内容を知るわけです。

そして、最後の14部は12月7日午前2時38分(東部標準時)に送信するのです。

902番電信14部の送信にも、"紫"暗号が使われますが、本文は何故か英語でした。

これらの電信は、逓信省東京中央電信局から発信されワシントンの民間電報局が受信します。

その後、電報局から駐米日本大使館に配達され、その後大使館員によって解読され大使たちがその内容を知るわけです。

902番電信1~13部までは、全て午前中の勤務時間内に送っていますから、配達も解読もその日の午後には行われたことでしょう。

ところが、最後の14部は13部の送信が終わって、何故か約15時間半後なのです。

しかも、ワシントンはまだ夜中です。

電報局からの配達もありません。



米側は日本の開戦意図を事前に知っていましたが、まさかそれが真珠湾だとは知りませんでした。

米側が開戦が起きる場所と考えていたのはフィリピン、グアム、クラ地峡のいずれかです。

それは、12月5日(東部標準時)、陸軍情報部からもたらされた「台湾沖の南シナ海を航行する渡洋船団を認めた」という情報でした。

これに対して、米海軍が警告を発しただけでなく、ルーズベルト大統領自身がアジア方面の米軍部隊に偵察行動を要請しています。

この回答は投票によってベストアンサーに選ばれました!

ベストアンサー以外の回答

1〜5件/6件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

kou********さん

2019/2/2410:36:30

先ず質問者さんにお聞きしますが、あなたがアメリカだったら、日本軍の奇襲攻撃を前もって知っていながら、戦艦をずらりと停泊させ、数百機の戦闘機を飛行場に整然と並べておいて全滅させますか??この答が御質問の答えになると思いますが、、、

このトピは知恵袋で何度も出ますので、私も過去回答を繰り返します。少々長くなって申し訳けありませんが、、、

結論:アメリカは真珠湾攻撃を前もって知らなかった。

アメリカは真珠湾攻撃を前もって知っていた、と言う陰謀説は中々消えません。「ルーズベルトは欧州戦争に参戦したかったから日本を挑発し、真珠湾を攻撃させた」、と。ルーズベルトの挑発(そんな事はなかったが)に日本が乗ってアメリカに戦争を仕掛けてきた、ルーズベルトが議会で「日本が攻撃してきたのでドイツと戦う!」と宣言したら、議会は爆笑ではないでしょうか?(笑)

陰謀説は歴史に無知な人たちの武器です。証明する必要がないのですから。「~だったに違いない」「~としか思えない」ばかり。

情報とはそんないい加減なものではない。いつ、どこで、誰が、誰から、どんな情報を入手し、その情報を、いつ、どこで、アメリカの誰に提供したか、、、そう言う事がはっきりして陰謀が成立するのです。しかし真珠湾攻撃後77年、そういう事はまったく出て来ない。なぜか?そんな「陰謀」はなかったからです。

アメリカが解読していたのは外務省の暗号で、外務省は真珠湾攻撃については何も知らされていなかった。日本海軍の暗号が解読されたのは開戦後ミッドウェー海戦の少し前です。そしてその結果は御存知の通りです。

当時の日本海軍の通信管制は完璧で、真珠湾攻撃に関する通信は一通も発信されていない。発信されない電報を解読出来ませんね(笑)

聨合艦隊司令部が発信したメッセージはただ一回、あの有名な「ニイタカヤマノボレ1208」です。もちろん暗号で発信されたので数字の羅列に過ぎない。しかもアメリカはこの電報を傍受していません。仮に傍受して解読出来たとしても真珠湾のシの字も書いていない。「ニイタカヤマ?なんじゃ、これは?」だったでしょうね。

よく言われるグルー駐日大使の報告、これは昭和16年1月に東京駐在のペルー公使が「バカバカしい噂だが」と前置きして、一応耳に入れておく、とアメリカ大使館員に伝えた事をグルーがワシントンへ報告したもの。

昭和16年1月と言えば、山本五十六が初めて「こういう事が出来んだろうか」と言う程度の私信を当時の海軍大臣に出した構想段階以前のタイミングです。準備はもちろん、作戦計画もまだ始まっていなかった。

ワシントンではこの種の「報告」は山ほど届けられ、ああ、またか、適当にファイルしておけ、でした。日本によるハワイ攻撃は、「可能性」としては存在したが順位は大変低く、「必然性」はゼロと思われていた。日本海軍の力を過小評価していた事もありますが、西太平洋、東南アジア方面に注目していた。それが元々日本の作戦計画だったのです。

聯合艦隊の上部組織である軍令部は山本案の真珠湾攻撃に最後まで猛反対。永野修身軍令部総長の許可がやっと下りたのが10月19日。その9ヶ月前の1月に真珠湾攻撃計画が存在するわけがない。存在しない計画を報告出来ませんね(笑)

日本軍の攻撃が分かっていたので真珠湾には古い軍艦を並べてワナにかけた、というのも知識不足ですね。

当時は日米を含めて世界の海軍で戦艦は「主力艦」と呼ばれ、艦隊の中心でした。1921年のワシントン海軍軍縮条約の結果、真珠湾攻撃当時は日本は戦艦10隻、アメリカはその5/3で17隻、それ以上は条約の制限で造れなかった。しかもアメリカは太平洋と大西洋の両洋艦隊の為、太平洋艦隊の戦艦は9隻。真珠湾攻撃の時はそのうちの8隻が在泊。

米太平洋艦隊の旗艦「ペンシルバニア」は艦齢25年。日本海軍聯合艦隊旗艦「長門」も22年。真珠湾攻撃に参加した戦艦「比叡」は27年、「霧島」は26年。当時はこの様な古い戦艦が日米とも「最新鋭戦艦」でした(条約廃止後に建造された新型戦艦は日米ともあの時点ではまだ就役していなかった)従ってアメリカは真珠湾攻撃を知っていてボロ船ばかりを並べていたというのは間違いです。

そして「ワナにかけた」と言うのも大きな間違い。これは日本語の理解力でしょうか(笑)。「ワナ」とは、こちらが知らないと思ってやってきた敵を待ち伏せしていてガツンとやっつける、、、これがワナです。

主力艦を整然と停泊させ数百機の戦闘機を陸上基地にズラリと並べておいて全滅させてしまう様なワナなどありませんよ。攻撃前に日本海軍が行った図上演習でも、アメリカが攻撃を察知して待ち受けており、奇襲でなく強襲になった場合、日本機動部隊の全滅もありうるという予測を出していたくらいです。だから軍令部も山本五十六の真珠湾攻撃案を最後まで認めなかったのです。

日本軍攻撃隊の護衛戦闘機は第一波で43機、第二波は36機。ハワイには空母なんかいなくても300機以上の米陸軍航空隊の戦闘機が待機しており、日本軍の襲撃を事前に知っていてそれが一斉に迎撃に上がっていたら、、、史実では日本軍は29機を失いましたがそれどころではなかったでしょう。

あの日に真珠湾にいなかった空母三隻に関しては、「エンタープライズ」はウェイク島へ戦闘機を搬送中。「レキシントン 」はミッドウェー島に戦闘機を送り届けて真珠湾に帰還途中。「サラトガ」は日本との戦争に備えてサンディエゴ軍港で整備中。近い将来に予想される日本の侵略に対する当然の措置です。

米太平洋艦隊司令長官キンメル大将から日本海軍の真珠湾攻撃について聞かれた作戦参謀は「その可能性はありません」と言い切っています。専門家ほどそんな事が出来るとは予想もしていなかった。六隻の正規空母を中心にした大艦隊が広い太平洋を二週間もかけて航海し、空母艦載機の大量集中使用と言う世界が見たことも聞いたこともない斬新で雄渾な大作戦。そしてその為に特別に用意された浅海用魚雷や戦艦の主砲弾改造の爆弾など、、、

奇襲攻撃とだまし討ちは違います。戦術的には見事な奇襲攻撃だった真珠湾攻撃も、東條英機を筆頭とする軍トップの方針で攻撃終了後に宣戦布告を出した為、卑怯なだまし討ちと言われるようになってしまいました。実戦部隊を率いた山本五十六は戦死するまでそれを苦にしていたそうです。

なお、ワシントンの日本大使館の失態で米政府に提出するのが遅れたと言うのは、宣戦布告ではなくて「対米覚書」と言う外務省発行の外交文書です(帝国憲法第13条では、宣戦布告は天皇が行う事が規定されていた)

相変わらずハルノートが日本を戦争の追い込んだと言う意見がありますね。そう言う人たちの大部分がハルノートを読んでいません(笑)。ハルノートについては以下を御参考に。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q121947688...

(下の写真)
日本海軍97式艦攻(矢印)の雷撃が米戦艦に命中、巨大な水柱が上がっている。戦争の是非は別にして日本人としては胸が熱くなるシーンですね。

先ず質問者さんにお聞きしますが、あなたがアメリカだったら、日本軍の奇襲攻撃を前もって知っていながら、戦艦をずらりと...

2019/2/2112:47:38

知っていました。ーーー以前、開戦当時のハワイ州知事の肉声録音がテレビで放送されました。

内容→「米国政府に、日本軍がいつ、何時にハワイを襲うか知らされた。このことは誰にも言わないことと言われた。

アリゾナ艦長は親友だったから、教えたかったが、教えなかった。親友を見殺しにするのは、とても辛かった。」

aki********さん

2019/2/2112:26:58

反撃されないように攻撃したのにそれが囮だっただけの話。

non********さん

2019/2/2111:44:22

既に日本の暗号は解明されていたらしいから
分かっていただろう

一応、アメリカの日本大使館を通して布告したつもり
だったんだよね
しかし、大使館職員が見過ごした
それも傍受していただろう

mut********さん

2019/2/2111:40:10

絶対に日本が呑むはずの無い「ハルノート」を送る以前より、
アメリカ国防省は総力をあげて「対日戦」の研究をしていま
した。

恐らく「ハワイに来る」ことは予測されていたでしょう。当
日、空母が1隻も真珠湾におらず、停泊していたのは旧型艦
だが「やられた印象被害」が大きく目立つ戦艦が主なのはど
うしてなのかは、今でも論議されています。

また、研究した予想よりも、遥かに精強な日本軍に驚愕して
最後の保険に「マンハッタン計画」をロスアラモス研究所に
急がせたとの話もあります。

この質問につけられたタグ

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる