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辞書も辞典も無い時代に杉田玄白はどうやって翻訳したんですか?

ser********さん

2019/2/2122:29:51

辞書も辞典も無い時代に杉田玄白はどうやって翻訳したんですか?

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edo********さん

2019/2/2122:49:46

杉田玄白はオランダ語は殆ど駄目で、翻訳で主体になったのは長崎留学でオランダ語がある程度理解出来た前野良沢です。

翻訳はオランダ語の習得と同時作業であったと杉田玄白が後に翻訳の苦心談を書いています。そして「ターヘルアナトミア」の翻訳に4年も掛かりました。それでも前野良沢は自信が無かったので名前を出さなかったのです。

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kaw********さん

2019/2/2214:58:34

辞典は会話用の単語帳を参考に自作。

文例しかないので試行錯誤。

そうか、今は習わないのか。

zez********さん

2019/2/2122:38:32

そこらへんの苦労を書き起こしたのが「蘭学事始」で、そうした杉田の生涯を物語前半の縦糸として活用した大河歴史漫画が「風雲児たち」です。どっちか読めば分かります、むしろ読んで。

……大雑把に説明すると「同じ文字列」があるオランダ語の本をつきあわせ、わずかながら前野良沢(翻訳メンバーの中ではもっともオランダ語に優れていた人物です)らが知っている単語や挿絵などをもとに文章の意味を類推し、その文章の全体の意味が「こうらしい」と分かったところでどの単語がその意味をもつかを探っていく……という、ほとんど暗号解読のようなやり方です。なお、杉田玄白は実は翻訳メンバーの中ではオランダ語はできないほうの部類で、彼は現代でいうところの「翻訳者」ではなく「編集者」です。前野良沢が完成直前になって「俺の名前を『解体新書』に載せるのはやめてくれ」と言い出したことで、やむなく杉田は「前野先生に手取り足取り教わりながらつたない訳をした」という形式で「解体新書」を出版したのです。

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