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東野圭吾 昔僕が死んだ家 について

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ID非公開さん

2019/3/2013:00:04

東野圭吾 昔僕が死んだ家 について

先程読了しました。
個人的に、沙也加が幼い頃の記憶が無いのを放置しているのも不自然ですし、僕が沙也加に少し振り回されているような印象を受けました。面白い小説だと思いましたが、私は沙也加目線で色々考えていたので、ふと何故主人公が僕なのかという疑問が浮かびました。

何故主人公を沙也加ではなく僕にしたのでしょうか。

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ベストアンサーに選ばれた回答

ine********さん

2019/3/2021:36:48

主人公が誰かというより、叙述の視点の問題でしょう。
ミステリーとして捉えた場合、謎の中心となる部分が沙也加自身にあるので、沙也加の視点から描くことは難しいということでしょう。

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