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マーラー作曲「交響曲第九番」の終楽章は、チャイコフスキー作曲「交響曲第六番 悲...

itb********さん

2019/3/1519:36:38

マーラー作曲「交響曲第九番」の終楽章は、チャイコフスキー作曲「交響曲第六番 悲愴」の終楽章の影響を受けているのではないかという感想がありましたが、どう思いますか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

llv********さん

2019/3/1520:53:51

誰だって、先人の業績を知って切磋琢磨するんだから、そんなもんさ。

逆に言うと、先人の業績にわざと目を閉じ耳を塞ぐほうが変だってこと。

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ベストアンサー以外の回答

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gur********さん

2019/3/1817:32:34

チャイコフスキーは、あくまでフィックションとしての悲壮感であり、マーラーが描こうとした生の現実の悲壮感とは異質です。
むしろブルックナーの交響曲第9番3楽章から影響されたと考えるべきです。
マーラーは交響曲第9番4楽章をもって、死に直面する絶望感を乗り越え、天上に召されていく浄化の境地に至ったものと思われます。
即ちそれはブルックナーの第9交響曲の世界に他ならないのです。

tak********さん

2019/3/1713:08:14

本当に影響されたかどうかは余人の知るところではないので
分かりませんが、ボクは直接の影響は感じられません。

チャイコフスキーの悲愴とマーラーの第9は全く別個の曲と
いう風に捉えています。

死や絶望や孤独を絶妙なオーケストレーションで華麗に描き切った
チャイコフスキーの悲愴と、
手探りで、まるで一本の糸をたぐりよせるように死を描いた
マーラーの第9とでは、影響下にある作品とはもうすでに言えない
領域の2曲であると思いませんか?

もし影響されたとすれば「死を描く」ということに尽きるのでは
ないかと思われます。

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cyc********さん

2019/3/1607:56:09

その通りだと思います。

マーラーはチャイコフスキーの音楽を何度か指揮しており、1892年にハンブルクでマーラー(32歳)が歌劇「エフゲニー・オネーギン」を指揮した際にはチャイコフスキー(52歳)がその上演に同席し彼の演奏を絶賛しています。

チャイコフスキーが交響曲第6番「悲愴」を完成したのが翌年の1893年であり、マーラーはそのころまだ交響曲第2番「復活」を作曲中でした。

マーラーの第9番が完成したのが1909年(49歳)であり、この第4楽章アダージョがチャイコフスキーの「悲愴」の第4楽章アダージョからインスピレーションを受けたのは間違いないと思います。

kyc********さん

2019/3/1523:01:13

いや、むしろ、ブルックナー交響曲第9番の第3楽章だと思います。
雲の中に消えて逝く感じです。

eas********さん

2019/3/1522:18:05

まぁ、どちらも実質的に最後の交響曲ですからね。
死に絶えるように・・・

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