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江戸時代の学問について教えてください。

sab********さん

2019/3/1604:22:09

江戸時代の学問について教えてください。

すごく失礼な言い方になるかもしれませんが、江戸時代にメインの学問になっていた孟子や孔子の古典や四書五経や国学、儒学は具体的にどのように役に立っていたのでしょうか。
「人としてどうあるべきか」「政治家としてどうあるべきか」みたいなことを学ぶイメージがあるのですが、これは江戸時代や明治以降の日本にどういった影響があったのでしょうか。
法学や経済学のようなものは勉強しなかったのでしょうか。
江戸時代の偉人でよく「学問をよく修めた」みたいな逸話が語られるのを見たり読んだりするのですが、正直「この手の学問を学ぶことは確かに大事だが、他のことも学ばなければ無能な聖人にしかなれない(もちろん、有能な悪人よりは遥かにましですが)のではないか」と無知なので思ってしまいます。
現に伊藤博文も「江戸時代の学問は虚学であり、実学ではない」といい、福沢諭吉も学問のすすめで「漢文などの江戸時代の学問は人を喜ばすことはできるし確かにそれは大事だが、実生活では役に立たない」といっています。
もちろん、学問は趣味でもありますから「実生活で役に立たないことは無駄」とは思いません。
福沢の言葉は正しくもあるかもしれませんが、人を喜ばせることができ、自分が高みへ行けておもしろいと思えば十分価値のあることである思います。
ただ、江戸幕府もこういった古典や聖人の教えのような学問を奨励していました。
こういった学問が果たして武士の政治においてどのように役に立っていたのか、中期以降の財政が悪化していった幕府が奨励する理由は何だったのかが分かりません。
「心が清いことが武士として、政治家として最も大切であり、人として正しい在り方をこういった学問から学んでいる」と言われればそれは正しいと思います。
が、むしろ良い政治を行うためには人としての正しさは最低条件であり、それだけではダメでもあり、むしろ政治家として必要な社会科学関連の知識を中心とした様々な知識を身につける努力をしていないならどれだけ聖人の教えを身に着けていても、政治家としては赤点であり、そして精神性ばかり尊重し必要な技術の習得を怠り結果として人々に害をなすことに気づいていながら勉強を怠っているなら人の道にも反していると思います。

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yoh********さん

2019/3/1605:53:19

儒学で重視されるのは「仁・義・信・忠・孝」ですが、このうち、「忠」「孝」は主君と親を大切にするという教えので、為政者にとっては社会秩序を維持させるために必要な教えです。つまり、”戦国時代”という力のある者が道理をねじ伏せることも可能な時代のすぐあとで、社会の安定のためには倫理教育が必要と考えられたと思われます。この点、質問者さんは時代背景まで考えておられない。

ただし、儒教や儒学といっても「論語」や「大学」の解釈によっていろいろ学派ができてくるのは当然で、江戸幕府はそのうち、とくに現行秩序の維持にとって都合のいい「朱子学」を寛政異学の禁で、幕府の公式教育に据え、他の解釈を封じました。”幕府にとって都合のいい解釈”が奨励されたというのも事実です。

しかし、中国古典思想がそのようなものばかりだったわけでもありません。「君、君たらざれば、すなわち臣、臣たらず」という「管子」の教えは、言い換えると「部下の行いをとやかくいうより、まずトップがちゃんとしろ!!」といっているわけで、こういうことは今の政治家に必要な考えではないでしょうか?
(これに対して、「君、君たらずとも、臣、臣たらざるべからず」という、トップにとって都合のいい解釈も、流布されるわけですが)

また、当然朱子学ばかりが学ばれたわけではありません。国学は、むしろ公式学問としての朱子学が林家によって独占されていたことへの反発としても盛んになったようなフシがあるようにも思われなくはありませんが、これが水戸学の尊皇思想に発展し、幕末の倒幕思想のバックボーンになったことはよく知られています。
儒学においても、実践を重視する「陽明学」も広まり、これが大塩平八郎の乱の引き起こし、江戸後期、幕府をおおいに慌てさせることになりました。
つまり、幕府にとって都合の悪い学問(国学や陽明学)も、ちゃんと学ばれていたといえます。

そして、実学としては、オランダを通して「洋学」が入ってきています。これは医学(「解体新書」が有名でしょう?)・砲術などで利用されていますが、情報の取得そのものが限られていたので、民間に広く利用されるところまでいきませんでした。

欧州にしても、産業革命が起こったのは18世紀(日本においては江戸時代中期以降)以後であり、これに、当時の情報通信の速度・効率と欧州情報はオランダからのみという日本固有の条件を考えると、科学技術情報が後手にまわるしかなかったのは、当然の結果といえなくもありません。

というわけで、江戸時代の学問といっても、幕府公式のもの以外はそれなりにあり、それらはちゃんと次の時代を準備する思想的な土壌とおそらく社会的な土壌をつくるのに役立ってはいます。

ところで、今の政治家、とくに大臣のレベルは、政治学や経済学などをいくら大学で学んだところで、教養の点では赤点のひとが目立ってはいませんか?
わたしには、むしろ、彼らに「日に三度わが身を省みる」といった孔子の教えこそが必要だと思われるのですがね。

  • yoh********さん

    2019/3/1621:02:40

    そういえば、和算といわれる”数学”も、当時意外に発達していたことが知られています。そもそも寺子屋教育の「読み書き・そろばん」は実用教育そのものであり、実用のための教育が軽視されていたわけではないと思われます。
    「江戸幕府が奨励した教育」と「江戸時代に行われていた教育・研究の実態」は別モノです。これを分けて考えないと、その時代を理解できません。

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thu********さん

2019/3/2002:56:41

私の家は陽明学を修める家系だったそうです。
私の祖父は明治生まれで、後に東京帝大に入って、化学の研究者となりましたが、その素地は3歳頃からの徹底した漢文教育にあったようです。
幼年男子は寝食の時間を除いては常に漢文を素読させるような超スパルタっぷりで、おそらく今の「勉強している」学生とは比にならない量の勉強をしていたのだろうと思います。
祖父はいわゆる理系の研究者ですが、祖父が読んだ漢詩や和歌が我が家には山のようにあります。(不肖にしてごく一部しか読んでおりませんが)
祖父は私が生まれる前に鬼籍に入っておりますが、そのような祖父の姿を知っている私にとって、昔の日本人が勉強不足だなんて口が裂けても言えるものではありません。

いわゆる社会科学は基本的に西洋文化のものです。
もちろん中国にも法学は存在しますし、いわゆる実学に近い内容のものは他にもたくさんあります。
ただ資本主義含め現代社会を形作るものは、良くも悪くも西洋文明のものが大きく基盤となっています。
そしてその本質には強くキリスト教的倫理観の影響があります。
もし未読でしたらマックス・ヴェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を読むことをすすめます。

西洋文明がここまで世界を支配した背景については、様々な省察が考えられます。
ただその根底にキリスト教の影響があったことは否定できないと思われます。
それをもって、キリスト教が、儒学や仏教より優れていたと質問者様は主張されますか?

翻って日本に話を戻しましょう。
江戸時代は2世紀以上にわたる太平の時代です。
もちろんそこには様々な問題や矛盾があったと思います。
しかし西欧諸国が新大陸を次々に支配し、現地の人々の生活を蹂躙し、数多くの戦争、内乱を経験した一方で、我が国は島原の乱以降ほとんど大きな内乱もなく、大きな対外戦争など当然なく、平和な2世紀を過ごしています。
これをどうとるかはもちろんその人の歴史観ですが、一概に日本の政治家が無能だったと言えるでしょうか?

開国後も日本はわずか半世紀で清、ロシアといった大国相手に戦争して、(一応)勝利をおさめております。
これが実学をまるで無視した不勉強な日本人に出来たことでしょうか?

もちろん戦争がなければいいってものでも、戦争に勝てばいいってものでもありません。
批判すべきことは批判して次に、今になんらかの糧を生かさねばなりません。
だからこそ、事実をたくさん知って、その事実を多面的に検証していくことに歴史の面白さと重要さがあると、歴史好き国文学科の私は思います。

tad********さん

2019/3/1611:04:07

格物致知誠意正心修身斉家治国平天下の順番だからいろんな知識を身につける(格物致知)のは一番の初歩。

世界中を支配し奴隷から無限の資源と労働力を得られる欧米のほうが科学分野は優れていただろうが、東洋にもなかったわけじゃない。

法学は荀子韓非子を勉強してる人も多かったのではないだろうか。


>漢文などの江戸時代の学問は人を喜ばすことはできるし確かにそれは大事だが、実生活では役に立たない

江戸時代の人はそれが当たり前のことだと思ってるから役に立たないと言っている。
現代社会問題と言われているものはだいたい西洋化されたせいでおこったもので江戸時代にはなかったものが多い。
論語を読み、その教えに従えば現代の社会問題のだいたいが解決する。

>政治家として必要な社会科学関連の知識

そういう本もあるし論語や孟子も社会科学の本じゃないかな。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~mind/knowledge/classic/confucius.html#R...

ohx********さん

2019/3/1606:28:37

西郷隆盛と伊藤博文、福沢諭吉らを対比すると解りやすいかも知れません。
西郷は、漢学の勉強家で、行動様式が、そこから来てます。
政治、軍事、行政など、実務に疎く、自分でも承知してて、優れた他者を持ち上げて高い地位に就かせて自分はフォローに回ろうとします。
幕府の勝、榎本らや遅れて討幕に加わった肥前の江藤、大木、大隈、副島が新政府の高官になったのは、西郷隆盛の意向で、薩摩藩で政治を独占しようとは、考えませんでした。

伊藤博文と福沢諭吉は英語力に優れ、当時の新知識を取り入れる事に功がありました。
他にも、ジョン万次郎、ジョセフ彦なども、そうです。
彼らは実務に優れてましたが、西郷とは、役割が、違うと思いませんか?
どちらも相反する概念ではないと思います。

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