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熊本城 の復興・復旧が進んでおりますが (決して遅いというわけではないですが)...

yor********さん

2019/4/2215:00:04

熊本城 の復興・復旧が進んでおりますが
(決して遅いというわけではないですが)

昔の人たちは、電気工具もない、電灯もなく作業時間が少ない

そんな中で、一人のお殿様が生きている間に建立するって

いったい、何日で何人がやったのでしょうか?

石垣だけでも神業の様に思えます。

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ベストアンサーに選ばれた回答

inu********さん

2019/4/2219:37:48

加藤清正は、1591年(天正19年)から千葉城・隈本城のあった茶臼山丘陵一帯に城郭を築きはじめた。1600年(慶長5年)頃には天守が完成、関ヶ原の戦いの行賞で清正は肥後一国52万石の領主となる。1606年(慶長11年)には城の完成を祝い、翌年「隈本」を「熊本」と改めた。これが現在の熊本城である。1610年(慶長15年)から、通路によって南北に分断されていた本丸に通路をまたぐ形で本丸御殿の建築が行われた。これにより天守に上がるには、本丸御殿下の地下通路を通らなければならないようになった。 とありますから、それなりに時間はかかっていて、かつそれ以降も増築や改良は続けていきます。

姫路城が築城(1601年~1609年)された際に携わった延人員は約2430万人とされています。

しかし、まあ熊本の今回の修復は600億とも言われていますが、
都庁の総工費は1569億円、新国立競技場も1500億ですから、なんだかわけがわからなくなってきます。

石組みは昔から特殊技能集団がいて、各国に請われてその技術を存分に見せたようです。だから石組みだけでも、じゃなく石組みは神業なのです。なにしろコンクリートより強いそうですから。
https://www.homes.co.jp/cont/press/reform/reform_00542/

  • 質問者

    yor********さん

    2019/4/2300:42:48

    有難うございました。

    それにしても、重機もない時代に凄いです。

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