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桂米朝は、本来は中堅落語家なん???

ちょいブサ夫さん

2019/5/217:37:15

桂米朝は、本来は中堅落語家なん???

前は、桂三木助に就任する可能性もあったけど。。。

まぁ、「桂米朝」やったら、本来は中堅落語家やけど技術は超一流やから安心できるし、中堅落語家の名前やけど名落語家やから安心できるけどね♪

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2019/5/414:24:14

>桂米朝は、本来は中堅落語家なん???

噺家になった経緯が、ちょっと異色だったこともあって、東京落語でいう「見習い」、「前座」、「二つ目」、「真打ち」の「二つ目付け足し」のような感じでの噺家スタートでしたが、若手 → 中堅 → ベテラン という道筋を辿って、当然若手落語だった時代もあり、中堅落語家だった時代もありましたし、ベテラン落語家、名人とまで言われた落語家です。

正確には、本来は、若手、中堅で、その後にベテラン、名人になった落語家です。中堅で足踏みする落語家も多いですが、米朝は名人と言われる域まで達しました。



>中堅落語家の名前やけど名落語家やから安心できるけどね♪

誤解されておられるようですが、米朝は一度も改名や襲名の経験がないです。入門した「若手落語家」から米朝です。今で言う「小朝」と同じですね。襲名の話はありましたが、結局はそのまま・・・まあ、小朝は今後大名跡を襲名する可能性はありますが、もう今となっては、とも思います。

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taw********さん

2019/5/412:53:18

まあ入門時から名乗ってる名前ですから大きいはずもなく
道順から言うと系譜における止め名である「米團治」を名乗るはずで本人も初めはその気だったようですが、師匠である四代目米團治の家庭のトラブルに巻き込まれたのに嫌気がさして、米團治襲名を忌避するようになりました
「三木助」襲名の話も初めは乗り気でしたが、松竹芸能への移籍が事実上の条件となっていたため、芸能事務所と距離を置いていた米朝師匠はこれを拒否

そうこうしてるうちに落語会2人目となる人間国宝になり、演芸会唯一の文化功労者と文化勲章にも選ばれ・・・大看板を通り越して伝説となりました

さらには米朝存命中に弟子で長男の桂小米朝が、本来の止め名である「米團治」を襲名するという名跡の逆転現象まで起きました
米朝も江戸落語の「三遊亭圓朝」のように、向こう100年は誰も継げないようなアンタッチャブルな名跡になることと思われます

mab********さん

2019/5/220:24:48

上方の「桂」に関しては、名前の本来の格は、
(文治>)文枝>文團治>米團治>米朝
なので、全然大した名前ではありません。

上方落語は戦後に絶滅しかけていましたから、あまり名前の格は関係ないようではありますが。

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