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連続テレビ小説で現代やそれに近い時代を扱うことには、皆さんは功罪どちらが大き...

hel********さん

2019/5/1608:00:14

連続テレビ小説で現代やそれに近い時代を扱うことには、皆さんは功罪どちらが大きいと思う増すか?

なお「それに近い時代」とは高度成長期以降の「労苦」とは縁遠い時代を指します。

あくまでも私の考え方ですが、扱っても構わない、むしろ積極的に現代や現代的なネタを扱うべきだと思います。

と申しますか、この枠の作品に、朝らしい爽やかさを期待します。
あるいは、特定の方向性に拘る事には否定的なのです。

それ以前の時代を扱うにしても、現代的な見地で見たり、当時のハイカラさなどの陽の側面を期待します。
殊更、往年のある時代(戦時下など)や、ある境遇の人々(貧農など)の労苦を後世に伝える事は、各ドラマ個別ではありえても、「連続テレビ小説」という枠としては求められないと思います。

無論、皆さんの中には、「おしん」を筆頭に「鳩子の海」「すずらん」など、往年の人の労苦を後世に伝えるような作品(ただしそれが主題なのでしょうか?)がお好きな方も多いでしょうし、人生の初期と末期は幸福でも、途中に相当の労苦を味わう話がお好きな方も多いとは思いま
す。
その意味で、今世紀の作品では、仮にそういうネタを扱うにしてもあっさりと扱ったり(「純情きらり」「芋たこなんきん」や、2010年代のいくつかの作品など)貧農の労苦がコミカルだったり(「花子とアン」など)にご不満がある多いかもしれません。
その観点は尊重します。

ただ、だからといって、連続テレビ小説では、労苦の時代を扱わねばならない、決まりはないと思います。

また、同じく高度成長期以降を扱うにしても、作られる時代や見る時代によって観点は変わると思います。
たとえば2000年前後(「あすか」「オードリー」など)なら、当事者(団塊の世代の女性)はまだ40代位なので、その子供時代を扱っても新し過ぎるネタと思われたかもしれませんが、今は70歳前後なので、「ひよっこ」のように、そこそこ別の時代に見えるはずです。

同様に、今の時代だから1990年前後は新し過ぎ、よって「半分、青い。」は連続テレビ小説として異端に見えたかもしれませんが、当事者が70歳前後になる2040年頃には、ヒロインの若き日の境遇が1980年代後半にキャンパスライフを謳歌した女子大生の作品がこの枠で放送されても違和感が無いかもしれません。

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ech********さん

2019/5/1614:39:50

>>なお「それに近い時代」とは高度成長期以降の「労苦」とは縁遠い時代を指します。

今のお若い方の感覚で言うと、そういうことになるんでしょうかね。それ以前の時代を生きて来た年寄りの感覚で言うと、高度成長期以降の時代は「労苦」ばかりの地獄のような時代なのですが。

私は今、還暦過ぎの人間ですが、おそらく私の世代が一番恵まれた青春時代を過ごしてきた世代なんでしょうね。実体験としての戦争も知らない。学生運動の挫折は世代として体験していますが、私のようなノンポリ学生は運動家たちのような悲惨な挫折を味わってもいませんし。

1989年に消費税法が発布されるまで、日本は「一億総中流」の国でした。極論すれば、貧乏人が一人も居ない国だったのです。まあ、厳密に言えば貧しい人は居たのでしょうが、ほとんどの家庭にテレビがあり、洗濯機や冷蔵庫があり、クーラーが設置されているのが当たり前の国でした。ほとんどの子どもが義務教育を受けることができ、やがてほとんどの子どもが高校に行ける時代になり、ついにはほとんどの子どもが大学に行ける時代になっていきます。

「終身雇用制」で、一度就職すればその企業が社員の生活を一生みてくれるというのが当たり前でした。「年功序列」で、勤続年数が長くなるだけ、収入が増えるのも当たり前の時代でした。

日本に対するジョークで、「日本と言う国は、世界で唯一、成功した共産主義国」などと言われていました。頑張れば、誰でも幸せになれる国、それが日本だったのです。

平成の世の中になって、バブル経済が始まると、日本のスローガンは「二極化」に変わりました。富める者はどんどん豊かになっていき、貧しい者はますます貧しくなっていくというのが、新しい日本の姿です。

そしてバブルが弾ける。「富める者」は富める者なりに、「貧しい者」も貧しい者なりに、それぞれの立場で貧困を味わう時代が始まって、それが今も続いています。

歴史を学ぶというのは、今の自分の置かれている状況を客観的に学ぶことです。そして、過去の出来事の中から、何が間違っていたのかを探ることでもあります。

もし今の歴史ドラマに近現代史を学ぶとすれば、今の時代の貧しさ、悲惨さを認識することが一番の目的になるのではないでしょうか。

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mak********さん

2019/5/1609:29:04

戦中・戦後のような悲惨で重苦しいドラマでなく、
高度成長以降の明るく元気なドラマとして、
朝ドラは制作してほしい、
という趣旨なのでしょうか。

明るく元気で爽やかな朝ドラにしてほしいという
気持ちは同じですが、半年おきにずっと続いている
ドラマなので、変化がないと飽きられます。

視聴者に飽きられず、明るく爽やかな作品を続け、
高い視聴率を維持しなくてはならない。
制作の苦労は並大抵のものではないと思います。

近代日本の偉人や女性をメインにするとしても、
戦争描写は不可欠であり、必ず人生に影響します。

「おしん」ほど重苦しくしないとしても、
戦争のもたらす庶民への悲惨な影響や、平和の尊さや、
貧富の格差をエネルギーに変える人間の強さなど、
そうした庶民の苦しみを後世に伝えるために、
ときどきは戦中戦後などを描くべきだと
思います。

そうでないと、「戦争するしかない」とか言い出す
国会議員が増えるかも知れないのです。

kkj********さん

2019/5/1609:22:05

意見するサイトじゃないよ。

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kko********さん

2019/5/1608:50:00

単純に現代に近い設定の朝ドラ作品が不評だった時期があり、逆に近代設定で実在モデルのいる作品が好評だったので安全のためにそっちに流れた、だけだと思います。

東京局はそれでもまだ現代設定に時々チャレンジしてますよね(「あまちゃん」以降は「まれ」「半分、青い」などもそうでしたね。こちらも決して大絶賛はされてなかったけど)
大阪局はもう懲りたんじゃないかな。「純と愛」がよほど痛手だったのか…それ以来現代設定に手を出してませんよね。個人的には大阪局にもまたチャレンジしてほしいです。

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