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平成時代に千葉県野田市で小学校4年生の栗原心愛さん(当時10)が天に召された事件...

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ID非公開さん

2019/5/1619:23:24

平成時代に千葉県野田市で小学校4年生の栗原心愛さん(当時10)が天に召された事件について。

沖縄県糸満市から野田市へと転居してきたときに心愛さんは被告人(41)=傷害致死罪などで起訴=の妻で傷害ほう助に問われ懲役2年を求刑された被告人(32)に「毎日が地獄だった」などと話していたそうです。それを聞いた被告人は何か策を講じようとは考えなかったのでしょうか?

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rsa********さん

2019/5/1709:48:55

自分の保身だけで、精一杯だったのでしょう。

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unm********さん

2019/5/2019:37:18

糸満に居るころは子どもを連れて一時避難した時期もあったのですが、千葉に引っ越す直前からは「とにかく何があっても夫に従うことが一家の幸せ」と思い直したのでしょう。

娘がが亡くなった今でも「連れて逃げればよかった」などの言葉は発しないわけですから、内心「自分の立場としては仕方なかった」ということでしょう。

父親は「躾の一環」と言い続けているのですから妻の立場としてそれに従うしかなかったと自分を納得させていると思いますよ。

また、DVの恐ろしさからいつの間にか母親としての立場は二の次という考え方に支配されるようになって行ったのでしょう。

「毎日が地獄」なんて10歳の子が言える言葉ではありませんが、そこまで言わざるを得なかった状況を思うと悲しみと怒りと情けなさが同時に湧き出してきますね。

この事件は「何故?」がいくつも付きますが、当事者夫婦でさえもうまく説明できず、専門家でも誰もが納得できる解説は難しいようです。

誰しもが持つ人間の心の闇の深さと表面化したときの怖さを思い知らされる事件でもあります。

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