ここから本文です

大昔、フィルムカメラが主流だった現像フィルムは、フジフィルムが主流だったの?...

ero********さん

2019/5/1712:19:46

大昔、フィルムカメラが主流だった現像フィルムは、フジフィルムが主流だったの???

今はフィルムがほとんどなくなって複合会社になったけど、大昔はフィルムだけだと思うよ。

閲覧数:
222
回答数:
22

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

usa********さん

2019/5/2215:46:15

正直70年代の段階でフジが過半数を占めていました。

さくらカラー(コニカ)は同時期、色が赤っぽいと言われて嫌われたんです。

コダックは更にシェアは低かったですね。

まあ、ここまでの話は、一般人の使うネガカラーの話しです。

当時新聞なんかは100パーセントモノクロでしたが、モノクロではコダックのトライX、プラスXが非常に強く、フジは正直イマイチで、フジがこのクラスでコダックと対等に戦う様になったのは80年代後半になってからでした。

リバーサル(カラースライド)もコダックが非常に強く、フジが強くなったと言える様になったのは、90年代になってからだと思います。

要するに一般向けのネガフィルムに限ればフジが圧倒的だった…コレは事実です。

ちなみに同期代、アメリカだと圧倒的にコダックでした。

この回答は投票によってベストアンサーに選ばれました!

ベストアンサー以外の回答

1〜5件/21件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

mar********さん

2019/5/2208:53:09

フィルム時代の末期に日本のメーカーで一番大きかったのは富士フィルムだけど、それより昔は小西六および改名後のコニカ(現コニカミノルタ)も強かった。それに海外メーカーではアメリカのコダックがブランド品だったし、安いスーパーとかで売られてるノンブランド品は西ドイツのアグファ・ゲバルトが圧倒的だった。

>大昔はフィルムだけだと思うよ。

違う。
富士フィルムは昔からカメラ・レンズメーカーでもあり、プロの多くが使っていた。

mur********さん

2019/5/2121:39:45

日本全体では、終戦後暫くまでは、小西六が頑張ってましたが、いつの間にかフジに抜かれてしまいましたね。

但し、一般庶民が主に国産フィルムを使ったのに対し、プロやマニア等、フィルム消費量の多い人はコダック利用者が多かったですね。

一般庶民は、24・36枚撮りのパトローネ装填済フィルムを使用したのに対し、後者の人達は、100ft巻缶入りフィルムを購入して、暗室等で自分でパトローネに装填して使う人が多かった。フジのパトローネ装填済フィルムより、コダックの長尺を自分でパトローネ装填した方が、1コマ当たりの単価が安いという、価格の逆転が大きな動機だと思う。他に、自分で装填すれば、その時必要な長さに調節できるので無駄が無いですしネ。元々、35mmフィルムというのは、映画撮影用のフィルムを短く切って使ったのが始まりですから、写真部の連中は歴史に忠実な訳で。

写真部で、金持ちのボンボンは、カメラに長尺マガジンを付けて(当然、モータードライブも付けて)連写してました。そういう金満な人は、高い確率でコダックでした。

他に、外式のカラーフィルムはコダックしか製造してなかったので、そういうのが必要な人(ジャングルへ長期撮影旅行に行く様な人)には選択の余地がありませんでした。

大きいカメラ屋に行けば、上記の他に、イルフォードとか、アグファゲバルトとか売ってましたが、量は微々たるものでしょう。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

kin********さん

2019/5/2121:04:04

わたしはほとんどフジでした。
プレスト400、いいフイルムだったのに (T . T)

カラーネガは、お店にあってお手頃価格なら、コニカ(さくらカラー)を選びました。
でも店頭には、フジとコダックが多く並んでいましたね。

zui********さん

2019/5/1922:06:44

①世界での話で言うと、なんだかんだ言ってもコダックが圧倒的でした。富士もアメリカ等に進出していましたが、安売りで勝負するしかありませんでした。

②日本の話で言うと、一般消費者向けとしては、昭和40年代後半くらいにはすでに富士が圧倒的ポジションを得ていました。戦前から戦後にかけてはサクラ(小西六)の方がシェアが大きかったのですが、小西六の労働争議が長引いたことをきっかけに消費者離れが起きたように聞いています。日本人って妬みや僻みが酷いので、同じ労働者階級でも、よその会社がストライキをしたりすると許せなくなるのです。また、富士は観光地に「フジカラー」と書かれたベンチを置いたり、テレビのCMを流したり、他社に比べてすごく宣伝に力を入れていました。

③日本でもプロやハイアマチュアではコダックを使う人の方が長らく多かったです。でも、モノクロフィルムで言うとネオパン400PRESTO(1986年)、カラーネガで言うとフジカラーHR(1983年)、カラーポジで言うとフジクロームベルビア(1990年)が出たあたりから、コダックのライバル製品を凌駕する品質のものが増えてきました。そのため、富士を選ぶ人も増えてきました。

プロフィール画像

カテゴリマスター

mom********さん

2019/5/1910:18:20

3年「も」前の記事なので、最新情報は調べてみてね。世界的に見てもフィルムメーカーは減少の一途をたどっています。でも、フジフィルムは頑張っている方です。
https://www.sakaihiroshi.com/entry/2016/12/11/060234
「大昔」はもっといっぱいあったはず。

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる