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宝塚版「エリザベート」ってハッピーエンドですよね。 愛希さんが自ら死を選...

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ID非公開さん

2019/5/1919:25:28

宝塚版「エリザベート」ってハッピーエンドですよね。


愛希さんが自ら死を選んで珠さんと結ばれた時に、やっと愛希さんは幸せになって自由になれたんだ、と涙しました。

また、ルキーニは最終的に独房の中で自殺しますが、愛希さんを殺害した時点でルキーニ自身も色んな意味で死んだような気がしました。
幼い頃に母親に捨てられ幼少から働き、一方で贅沢な暮らしをする王侯貴族を憎んでいたと聞きます。
ルキーニは狂言者のような感じですが、そういった生い立ちから自暴自棄になっていたのではないでしょうか。
終盤でルキーニに殺された愛希さん、そして最終的には自身も死ぬつもりでの犯行に思えて、月城さんが目的を果たした後に狂ったように声を上げて笑うシーンでも悲しくなりました。

このような見方っておかしいでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

lss********さん

2019/5/2111:17:40

別に「おかしな見方」などというのは無いのですから、それぞれの人がどう感じるか、の問題だと思います。
「そもそも黄泉の帝王なんて存在する訳無いんだから、作り話にもほどがある!」と感じる人がいたって「間違い」と言うことじゃないんですから。(仮にそう思う人がいたら、そんな見方で楽しいのかな?とは思いますけど。)
演者によって伝え方伝わり方は違うでしょうし、観る側もそのときの心境心情によって同じ演者だったとしても受け取り方も変わるんじゃないですか。

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ベストアンサー以外の回答

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kam********さん

2019/5/2111:51:58

オリジナルの「エリザベート」はハッピーエンドかどうか微妙ですが、宝塚版の「エリザベート」は確実にハッピーエンドだと思います。
「死」へのあこがれを心に秘めながらも、「死」を拒み続けたエリザベートが、自ら納得して「死」を受け入れるのが、ラストシーンです。

ウィーンのオリジナル版では、トートはエリザベートの心の中にある「死へのあこがれ」が実体化した存在で、彼の姿はエリザベートとルドルフにしか見えません。ですからルドルフもエリザベートも死んでしまえば、トートは存在意義を失います。
でも宝塚版のトートは、エリザベートから独立した存在です。人間ではないのに人間の世界に入り込み、カフェで革命家たちに近づいたり「ミルク」の場面で群衆をあおったり。独立した存在だからこそ、トートはエリザベートと冥界で結ばれ、エリザベートは自分を縛っていた「皇后」という地位から自由になるという、ハッピーエンドで終わります。

ここでのルキーニはラスト近くまで狂言回しで、エリザベートの生涯を語る役目です。しかし暗殺の場面になって、始めてルキーニとしての行動を取ります。
私は「この劇全体がルキーニ自身の妄想」という解釈で見ているのですが、質問者様の解釈も間違っていないと思います。別におかしくありません。

kom********さん

2019/5/1923:36:48

全くおかしくないです。
演じる人や観る人によってそれぞれ解釈も変わりますし、それが再演がある舞台の面白い所だと思います。

実際シシィは宮廷に入ってから「死」というものに強く憧れていたそうです。シシィは詩を書くのが好きでしたがいつもどこか死の存在が身近にあるそんな詩を詠んでいたそうです。きっと死にたいと思ってしまうほど自由を愛するシシィにとって宮廷は牢獄だったに違いありません。かと言って狂ってしまうほどの勇気も自ら死を選ぶ強さも皇后としての立場が許さなかったのでしょう。だから精神病患者に興味を持ち、各地の精神病棟を慰問されていたのだと思います。こうした長年の重責がトートに誘われ昇天するときに一気に解き放たれたのでしょう。

前の回答者様がおっしゃるように演じる人によってそれぞれ役作りも違うのでかなり変わってきますが、今回の月組で言うと、珠城さんはシシィをひたすら見守る冷たいけれどどこか優しさを感じるトートで他の歴代トートとは違ったトート像だなと思いました。愛希さんはまさに集大成で子供時代から晩年までの演じ分けが素晴らしかったです。トートとシシィのこの関係性は一期差のお二人だからこそできたものだったと思います。
月城さんは確かに過去に何かあったのだろうと思わせる役作りでしたね。観客に舞台上では演じられない所を感じさせ、想像させると言うのは役者としてとても重要な力だと思います。そしてトートを崇拝している感じが全面に出ていてルキーニも死に憧れ、魅了されているという点ではルキーニもシシィと似ているのかなと思いました。新人公演でルキーニを演じられた風間さんは感情むき出しの狂気と言うより計算高く賢い狂気を感じ、また違った怖さがありました。

エリザベートは何度も何度も観るとまた違った解釈が自分の中で浮かんでくるので本当に面白い作品だと思います。東宝版のエリザベートも宝塚版とは演出や歌詞が違うところもありとても面白いです。ぜひ観てみて下さい。

長々と失礼しました。

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inu********さん

編集あり2019/5/1920:56:31

おかしくないと思います。
舞台エリザベートの最後は、色々な見方や捉え方が出来ますよね。

私も二人が黄泉の世界へ向かう最後は、愛希さんシシィが珠城さんトートに迎え入れられて幸せそうに昇天していくように見えます。
拒みながらもずっと死を望んでいたというのが伺えるような気がします。

ここのシシィとトートの表情や様子も、演じる方によって印象が異なりますよね。
すがるような表情をしているシシィや、とうとう手に入れた感のあるトートなど

ルキーニについての考察も、なるほど~と、思いました。
月城さんのルキーニは、どこか根から狂っているのではない感じがしましたから。


※いつも意味不明な質問・回答をしている回答者ですが、無視した方がよろしいかと

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