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Nゲージ鉄道模型について、質問です。 先日、EH10電気機関車でけん引する車両に...

sn_********さん

2019/8/1011:41:28

Nゲージ鉄道模型について、質問です。

先日、EH10電気機関車でけん引する車両について質問したら、「たから号」という回答が多く、その車両を集めています。

そこで、質問ですが、「チキ(コキ)5000」と「コキ5500」は実際に併結されていたことはございますか?


というのも、中古でマイクロエースの「たから号基本セット」(チキ5000*7両+ヨ5000)、「たから号増結セット」(チキ5000*8両)を見つけたので購入しました。
これで、ヨ5000と、15両のチキ5000が揃いましたが、あと9両がなかなか見つかりません。

KATOの「コキ5500(2両セット)」なら市場に割とあるようなので、これを5セット買って、チキ5000+コキ5500で24両にして、おかしくはないものでしょうか。
たとえば、チキ5000はコキ5000とみなし、過渡期ということにするとか。

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飛行少年さん

2019/8/1503:19:18

私は逆の意見ですが、実物の運用としては、チキ(コキ)5000とチキ(コキ)5500の運用はしっかり分けられていて、トラブル等の非常時を除けば両者の混結は基本的にしていなかった、と考えています。

たから号が運転開始したのは昭和34年11月からです。
EH10+チキ5000×24両+ヨ5000です。これが毎晩汐留-梅田間ですれ違うので、チキ5000は常時48両使用で、順繰りで整備をしたり、万一の故障時に差し替えたりするための予備車が9両あります。(チキ5000は57両製造されたため。)予備車は始発駅である汐留と梅田に4-5両ずつ置いておかれたでしょう。

鉄道ピクトリアル540号(1991年3月号)によると、昭和36年度には第二たから号が同区間に増発されます。同号には昭和37年11月現在のコンテナ列車一覧があって、たから号に関しては、「第一たから号」1往復が、最高速度は「85km/h」で、コンテナ貨車編成両数は「チキ5000×24両」、備考欄には「列車標掲出」とあり、あんどん式テールマークを指しているようです。「第二たから号」1往復が、最高速度は「75km/h」で、コンテナ両数は「チキ5500×11両」、備考欄は空欄です。他に表中には汐留発着が2列車あり、笹島行きの「ゆたか号」1往復が「チキ5500×5両+チラ1×4両」、広島・福岡港行きの愛称名無しの列車1往復が「チラ1×3両」、です。

記事中には「第一たから号だけがコンテナ専用で、他の列車は主にワムと併結の75km/h列車であり、途中駅での解結の便を図って、デッキ付きのチキ5500形が登場した。」とあります。
また、「昭和38年10月から、梅田-吉塚間にワキ1+チキ5500混結の85km/h列車である『西たから号』がバックサイン掲出のエリート列車として登場している。」と書かれています。
さらに、「昭和39年度には第三たから号が品川-梅田間に運転開始された。」と書かれていますが、増発された月日や編成両数、最高速度等の記載が無く詳細不明です。

チキ5000と5500の運用の違いは上記が要点で、チキ5000は途中解結を一切しない固定編成扱いで第一たから号に限定運用、チキ5500はワムとの併結や途中解結があるその他の列車に運用、となります。

その後のコンテナ列車関係の出来事を列記しますと、まず昭和40年度にはチキがコキに称号変更。

昭和41年10月には10000系高速貨車が登場し、汐留発着だと博多行き(上りは香椎発)の「ことぶき号」1往復がコキ10000系13両で運転開始。同時に梅田-九州間にコキ10000系17両で「さかえ号」1往復が、笹島-香椎間にコキ10000系×10両+ワキ10000×7両の「あけぼの号」1往復が、さらに冷蔵高速貨車で長崎-東京市場間に「とびうお号」1往復が、博多港-大阪市場間に「ぎんりん号」上り1本が、それぞれ運転開始されています。
この時点で、最高速度が100km/hが「高速特別急行貨物列車」、同85km/hが「特別急行貨物列車」、同75km/hが「急行貨物列車」と類別されていました。この10000系高速貨車が登場した時点で、たから号は花形の役割を彼らに譲り、同じ85km/hや75km/hのコンテナ列車も運転されているものの、「たから号」の愛称はこのあたりで一旦自然消滅したようです。

昭和42年度には第一たから号の専用運用の任を解かれたコキ5000が台枠を延長、デッキを設置してコキ5500に編入されます。

昭和43年10月には通称ヨンサントウと呼ばれたダイヤ改正があり、「高速」が「特急」に、「特急」が「急行」に、「急行」が「地域間急行」等に類別名が変ります。このダイヤ改正で、安治川口→隅田川のコキ10000系列車で「たから号」の愛称が一時的に復活します。(同区間の下りは「すみだ号」。)しかしこれも長続きしなかったようで、フレートライナー構想により愛称の統合が進んで再び自然消滅したようです。

昭和45年4月現在のフレートライナー一覧表によると、汐留-梅田間だけで4往復が運転されており、ライナー1-4号がコキ5500×24両+ヨで、5-8号がコキ10000系×22両で運転されています。他に田端操-百済間にライナー9,10号がコキ5500×20両+ヨで、品川-笹島間でライナー11号(上りはあさひ2号)がコキ5500×20両+ヨで、品川-博多港でことぶき号(上りは号数無しのライナー号)がコキ10000系19-20両でそれぞれ運転されています。同年10月には隅田川-西岡山間で「山陽ライナー号」がコキ5500形8900番台×17両+海上コンテナ用コキ1000形×3両で運転を開始します。

昭和46年からは最高速度が95km/hで、同時デビューの新しい2種5tコンテナ(12フィートのC20等)を5個積載可能、かつ10t(20フィート)コンテナなら3個積載可能なコキ50000系が製造され、85km/hしか出せないコキ5500のフレートライナー列車から優先的にこれに置き換えられていきました。

昭和47年からコキ5500が、49年からコキ10000系がそれぞれ2種コンテナが積めるように改造が始まります。

以上、かなり長くなりましたが、たから号とコキ5000・5500の実物情報を中心に解説させてもらいました。


なお、私もNゲージをかじっていますが、私ならコキ5000が不足していればコキ5500でドンドン代用して連結してしまいますね。屁理屈としては、コキ5000は60両近くあるので、台枠延長工事も長期に渡るため、第一たから号の運転中から予備車を利用してコキ5500への改造が進んでおり、過渡期には両者が混用された、という想定です。実物知識を知ると模型のこじつけすらも実に楽しくなります。いかがでしょうか(笑)。

  • 質問者

    sn_********さん

    2019/8/1508:39:47

    回答ありがとうございます。

    さすがに「コキ107で代用」は無理がありすぎますが…、コキ5500なら許容範囲かな…?
    というわけで、10両のコキ5500を増備、編成の長さだけなら、それっぽい形には、しました。
    コンテナの色が違うのが、少々気にはなりますが、こっちも「過渡期」なんです、たぶんきっと。

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tai********さん

2019/8/1013:46:36

(鉄道ピクトリアル増刊「車輌研究」2003から)
「初期のコンテナ輸送」より

コンテナ車の記号設定と改番は1965年より実施
チキ5000→コキ5500への改造は1966年から


とした上で
KATOのコキ5500であれば問題ありません。ただしコンテナは旧5トンタイプの5個積みにしてください。

KATOのEH10は避雷器、信号煙管がついている1964年以降の仕様になってますので、編成するのであれば問題ありません。

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