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孫氏いわく

fin********さん

2019/8/1822:24:44

孫氏いわく

兵とは国の大事なり、死生の地、存亡の道
察せざるべからざるなり

戦争とは100パーセント近く勝てる見込みがあるくらいでないと、やるべきではなく、
しかるに、諸葛亮孔明は、5度も北伐を繰り返し、結局、成果を上げることはできませんでした。攻め込んで成果をあげられなかったということは、5連敗です。
というわけでさすがに評価が高すぎではないでしょうか?

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kum********さん

2019/8/2011:24:16

内乱を防ぐため、と言うのは少し違うように思います。

と言うのも諸葛亮亡き後、姜維が軍権を握るまで、大規模な北伐は起きていません。この期間は守勢の体制でした。それにも関わらず蜀国内が内乱で荒れた、と言う事態には陥っていません。

戦争は普通に行えばマイナス面がかなり大きいのは事実です。内乱を防ぐために、馬鹿みたいに戦費をかけて北伐するのはさすがに割りに合わないと思います。

結局北伐をしないといけなかったのは、当時盛んだった大義名分論に皆が振り回されていたためですね。蜀にしてみると魏は漢を滅ぼした仇敵であり、国家として容認できない、容認どころか存在すら認められない国です。

でも現実的に考えれば、蜀がいくら漢の後を継いだ、と宣伝しても誰も魏から蜀になびいてもいない。明らかに時流が漢の天下を認めていなかったのです。

それでも手を振り上げた以上そのまま降ろすわけにはいかなかった。

下でも茶番と書かれていますが、非常に馬鹿馬鹿しい「俺達は漢なんだ」と言う意地やメンツで北伐は行われている、とは自分も思います。でもそれは現在の価値観だからそう言える訳で、当人達にとってそれは絶対的でもあるのです。江戸時代の仇討ちや切腹等を行う感覚に近いと思います。

あれも合理的でもないし、誰かがそれによって凄い幸せになる訳でもない話しが多い。それでも己達の尊厳を守るためにやるべきことをやらないといけない、と言う話ですからね。

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ooo********さん

2019/8/2004:32:33

評価とは?
戦争だけにおいては、前の方が書いておられる陳寿の言葉通りの評価でよいのでは?
今時、諸葛亮の戦争の才でぐちゃぐちゃ言うなんて逆に今更感満載ですが。
彼の特筆点は、天下の構想を描き、荊州の名士を繋ぎ、益州まで手に入れ、北伐まで出来る国家にしたこと。
あの根無し草の劉備を
皇帝にまで押し上げたこと

それに戦争だって、かなりの手練れですよ。
無能なら何万もの兵を指揮できないし、
北伐だけで話しても、勝てないかもしれないけど、負けもない。
超一流を、韓信や曹操とするなら
次点の一流の采配は十分していたと思いますが。

熾天使さん

2019/8/1921:49:29

確かに、魏を打倒する事が目的で、北伐を起こしたなら単に国力を疲弊しただけで、諸葛亮の評価は高すぎだと思います。

しかし、北伐の目的が違うところにあると、諸葛亮の評価が変わってきます。

①蜀漢は漢王朝復活のために劉備が糾合した軍事国家です。ゆえに、魏を攻める事を放棄すれば内乱が起きます。
②蜀漢と曹魏の国力差は大きく、侵攻ルートも限定された状況。
③諸葛亮の北伐は南蛮遠征後に始まった。
④北伐での蜀漢軍は、結果的には正面決戦を避けていた。勝つよりも、負けないための行軍だった。

上記した理由により、諸葛亮の北伐は内乱を防ぐための茶番だったと推測できます。

と、言うわけで評価は高すぎではない。

asd********さん

2019/8/1920:17:24

私自身は北伐自体は目的が果たせなかったため (魏打倒はおろか、長安攻撃すらできず)、私も諸葛亮は益州の力を渭水に投げ捨ててきた、という見方です。
三国志の著者陳寿自身も諸葛亮に対する評価は「政治家としては満点、しかし軍人としては臨機応変の才は少なかったのではないか?」という評価です。

諸葛亮の高評価は、政治家+天下三分の計などのいわゆる戦略的評価が寄与しているものと思います。
戦術的観点のみなら確かに高評価すぎるとは思います。
如何に何倍も国力の違う魏と争い大敗しなかった、と言う点があってもです。

ですが北伐して魏と戦う姿勢を見せないと蜀と言う国が成り立たなかったからでしょう。
実際に劉備が死んだとき魏が諸葛亮宛に降伏勧告を行っています。
(蜀が皇帝号を止め単に藩と称すれば、魏は喜んで和議を結ぶ用意がある、末永く中華を分け合おうじゃないか、みたいな内容)
諸葛亮は当然反対しましたが。

諸葛亮の残念だったところは、すべてを自分が統括しなければならなかったところにあると思います。
せめて黄権が蜀に残っていれば。

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