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ベトナム戦争について詳しく教えてください。

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ID非公開さん

2019/8/2301:32:35

ベトナム戦争について詳しく教えてください。

ベトナムが2つに別れたのは何故でしょうか?
それがイマイチ理解できないので、そのあとのことも自分の日本語不足でよくわからないです(--;)

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ベストアンサーに選ばれた回答

tri********さん

2019/8/2914:35:08

詳しく書くと長くなります。
簡潔に書きます。それでも長いです。

ベトナム戦争というとアメリカとの戦争を一般的に指しますが、ベトナムはその前に独立をかけてフランスとの戦争が有りました。
第一次インドシナ戦争です。
太平洋戦争でベトナムは日本軍に占領されました。
日本が負けて、ベトナムの英雄ホーチミンはフランスからの独立を宣言しました。
宗主国のフランスは独立を許しません。両者の間で戦争になりました、共産主義陣営の中国やソ連がベトナムを支援しました。
ラオスに近いベトナムの山奥、ディエンビエンフーの戦い、でフランスはベトナムに負けました。
フランスは他の植民地、アルジェリアでも独立紛争で戦っていましたので、ベトナムからの撤退を決めました。
そのフランスとベトナムの協定がジュネーブ協定です。
フランスとその裏にいたアメリカはベトナムの英雄ホーチミンにベトナム全土を渡す気はさらさら有りませんでした。
時代はアメリカが盟主の西側陣営と共産主義ソ連を盟主とした東側陣営の東西冷戦の時代でした。
アメリカやフランスはベトナム全土が共産主義になる事を極度に怖れました。ベトナム全土が共産主義になればラオスやカンボジア、タイまでもが、インドシナ半島全てが共産主義に飲み込まれてしまうという 共産化ドミノ倒し理論 が西側陣営に信じられていました。
またベトナム南部はベトナム北部に比べて非常に豊かでした、フランスが植民地経営を目的として開発したメコンデルタの稲作穀倉地帯やゴムのプランテーション(ミシェランの原料供給地)等も有りました。当然フランスとしてはベトナム南部は簡単に手放しません、一応南部の独立も認めましたが、西側陣営の傀儡政権を立てた訳です、このジュネーブ協定でベトナムは南北に分かれました。
と言う訳でこの後 南ベトナムと北ベトナムの戦いが始まります。南側には疲れ切ったフランスに代わって、共産化阻止を目的として西側盟主アメリカが登場します。
ホーチミン率いる北ベトナムのバックには中国
ソ連の東側陣営が完璧に支援していました。民族自決を悲願とし、この後北ベトナムはじっくりと腰を据えて、南ベトナム併合に武力で邁進しました。
これが第二次インドシナ戦争、アメリカ軍が出てくる通称ベトナム戦争です。

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質問した人からのコメント

2019/8/29 21:51:57

わかりやすくありがとうございます!助かりました!

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