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歴史に「もし」はないですが、中ソ対立が早期に起こっていた可能性はありますか?第...

viu********さん

2019/10/501:53:11

歴史に「もし」はないですが、中ソ対立が早期に起こっていた可能性はありますか?第二次大戦後、シナ大陸は中国共産党が支配するようになりました。で、東側陣営に入りました。

でも、その後は対立するようになってしまうのですが。中華民国は米国の影響を受けていましたから、西側陣営に入っていたのではないですか?すると、ソ連と対立していたのではないですか?

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uwo********さん

2019/10/722:54:58

中華民国だろうと中華人民共和国だろうと、ソ連と対立していましたよ。黒竜江沿いの国境争いでね。領土争いは思想主義よりも強いのです。60年代の中ソ国境地帯は、核戦争に備えて、地下化したタドン型要塞がずらりと並んでいたそうな。

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fan********さん

2019/10/723:03:30

可能性はゼロだったという事を歴史が証明しています。

2019/10/507:55:24

つまり中華民国とソ連が、ですか?
というより実際に対立していましたね
満州の問題があります
日露戦争後、南満州は日本の勢力圏、北満州はロシアの勢力圏となりました
ソ連としては北満州の権益(中東鉄道)を継承する立場です
一旦はカラハン宣言でそうした権益の放棄を唄いました
なので中華民国側が喜んで回収に向かいます
ところがソ連側が「やっぱ無し!」といいだします
中華民国側が激おこになり、紛争が発生しました
実はこれが満州事変の原因です
こうしたソ連側の態度を日本の一部の人々が「伝統的な南下政策の復活」と捉え南満州の権益を確実にするために満州の掌握を狙ったわけです

史実ではこの満州国が北満州のソ連権益を買い取ったわけです(この買取交渉をしたのが杉原千畝で、かなりきつい交渉をしたのでソ連側に恨まれる)
でその満州国を併吞した格好なのが戦後の中国です
逆にいうと満州国がない場合、やはり北満の権益を巡り中国とソ連の対立はあったのかもしれません
例えばソ連の衛星国のモンゴルへの領有権を中華民国は主張していましたし

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