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室町幕府は、領地が少ないので関銭、津料、株仲間などが財源だったのですか。 ...

unk********さん

2019/10/1123:56:34

室町幕府は、領地が少ないので関銭、津料、株仲間などが財源だったのですか。

室町幕府は足利尊氏が仲間を募るために、気前よく領地を与えたので幕府が成立した時にも自前の領地が少なかったのでしょうか。

その後主に足利義満の時代に、大きな山名氏や赤松氏などの領地を削ることに成功しますが、これらの領地は自分のものにしなかったのでしょうか。
コメが幕府の収入の主な部分ではなかったのですか。
関銭とか津料も同じことですが、おカネがメイン収入だったのでしょうか。

補足なぜか、地べたを持っていなかったのですね。
おカネによっていたのですね。
おカネを積極的に活用するというのは平家もそうだったと思いますが、平家は地べたもかなり持っていたのですね。

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jun********さん

2019/10/1202:30:17

後は勘合貿易による、貿易収入が財源ですね。
具体的にどのくらいの金銭収入があったかは明らかでは無いですが、
御料所と呼ばれた、直轄領はほとんど無かったから、
現金収入が財源だったのは確かです。

このため、御供衆と呼ばれた、江戸幕府の旗本に相当する、
直属の直臣も少なく、全盛時でも2~3000人程度の動員力で、
数万の旗本を擁した江戸幕府とは、大違いです。

  • jun********さん

    2019/10/1222:30:26

    結局、南北朝の動乱の長期化が、
    足利家の足腰を脆弱にしてしまったのです。

    全国で反復常なく武士達が、南北に別れて、
    抗争をしていたので、足利幕府としては、
    味方を増やすには、大盤振る舞いをしないと、
    寝返られてしまいます。
    その結果、動員力では幕府をはるかに上回る、
    守護大名が各地に出現し、彼らを競わせて、
    その上でバランスをコントロールするのが、
    将軍の仕事になってしまいました。

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zun********さん

2019/10/1221:34:19

室町幕府の出費は
①幕府機構の運営費
②朝廷寺社への出費
③軍事費

などで構成され、なかでも大きかったのが②だそうです。
②にあてられた幕府の収入源は、全国の守護をとおして徴収された段銭などでした。

①については酒屋役、土倉役などがあてられ、毎年6000貫を納入するよう命じたということです。
これは土一揆が頻発するようになるとあてにできなくなります。

幕府の収入源はほかに直轄領からのものがありますが、やはり大きくはない。
足利尊氏がかつて30~40か所の領地をもっていたといいますが、以後も増えるどころか減っていたかも。
とある公家が80か所の領地をもっていたそうですが、そこからあがる収益は1万数千貫だったそうです。ちなみに皇室領の収益は4000貫程度。

貿易収入もありましたが、これは次第に縮小していきます。

あとは五山の寺から借りたり、保護している見返りのように献金をうけたりしていて、かなり財政的に蜜月だったそうです。

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