ここから本文です

般若心経における「空」を、ただ「とりとめのないもの」または「とりとめのない状...

日々是好日さん

2019/10/1507:28:54

般若心経における「空」を、ただ「とりとめのないもの」または「とりとめのない状態」という風に訳して解釈したらダメでしょうか。

閲覧数:
163
回答数:
11

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

空とは無我のことで、実体がない意味です。
色即是空の色とは物体のことです。
つまり、物体には実体が無いという意味です。

諸行無常と言われるように、仏教ではあらゆる物は常に変化して一瞬でも同じ状態をとどめていることはないと教えています。
不思議なことに量子力学とたまたまなのか合致しています。
突き詰めれば、無我とは変化しない何かは無いと言っているので、何かに囚われる事は意味が無いと教えています。
ですから、囚われることを我といい、その対義語に無我があります。
要は、自分が自分であると思っている我もまた、その実体は無いと言うのが無我です。

ですから、そんな実体のないこの世界で、わざわざ虚像ともいうべき富や名声、力を欲したり、それによって苦悩するなんてアホらしいじゃんと教えているのが空です。


わかりやすく言えば、この世界は映画のマトリックスやアニメのソードアートオンラインのような仮想世界のようなものであり、仮想世界にある仮想の名誉や財産に拘ったところで何の意味も無いでしょ、というのが空です。

拘る事で何かを守らなければならず苦しみが生まれる。
でも、富や名声、何一つ拘らず、死ぬことさえ恐れず拘らなければ何も苦しまなくなる、そういう事です。

質問した人からのコメント

2019/10/15 20:08:09

ありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

1〜5件/10件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

mon********さん

2019/10/1516:48:20

年初の挨拶をするときに、「去年は大変な年だったので、今年は躍進の年にしていきたいです」なんて挨拶をしたとします。

漢語の般若心経は、
「去年は大変な年だった××、×××」
こんな文章なんです。×のところは読めなくなっていて、呪文とされます。

そして、去年とは何か、大変な年とは何を指すのかを真面目に宗教的に理解しようと努めます。去年がこれまでの人類を指していて、大変な年とは、涅槃が乱れるとか、大きな異変があるとかそんな解釈をして、これは有りがたい言葉だと…。そんな感じです。

マスコミが揚げ足をとるときに使う手でもあります。
発言とかの一部を引用して、違う解釈で紹介し広めてしまいます。

般若心経の空は、そもそも発言の一部です。ここだけを拾って解釈するなら、もうどんな理解でも構いません。とりとめないものでも、結構ではないでしょうか。

般若心経は空を説明する文章ではありません。漢語版で言えば、真言の前置きとして空を知りなさいという話になります。その真言がわからなければ、なぜ空が説かれたのかがわからない構図です。

ゆえに、空がわかる人は、般若心経が全文読める人になります。逆にいえば、これが正常に読めない人は、絶対空の本質には辿り着けません。
自分なりに解釈することなら誰にでもできます。それで満足できるなら、それでいいと思います。

ちなみに、サンスクリット語から漢語に翻訳されていますが、言語の違いは思想の違いにもなります。欧米で約束と言えば、十戒を守るのと同じ意味で、守るべきものになります。でも漢語やハングルでは、約束にそんな拘束力はありません。利用できればいいので、やぶってしまいます。約束という言葉は、翻訳すればどの国にも対応する言葉があるように見えます。でも中身が違うんですよね。

漢語版は、玄奘三蔵さんの解釈により作られています。漢語になった時点で、儒教思想に染まります。それ以外の意味で読み取るのは辛いんじゃないかと思います。
そして空という概念を漢語で追いかける限り、ここがボトムネックになります。

その上で、空を自分なりに解釈したいというのであれば、思うようにすればいいと思います。

般若心経に、次の一節があります。
サティアン アミデャートバ
漢語版では、
真実不虚故

2世紀頃のサンスクリット語の直訳では、真実、嘘がない ゆえ

もっと古い言葉では、
めぐみ(実り)は誤りなくある

この一節は空を語った後に出てきます。漢語版では、空という概念は真実で、嘘がないためと読めます。そして次の真言に続くわけですが、でもそれすら信じるなというのが空です。

サンスクリット語の古い言葉のほうでは、空で何もないと言ったけど、実りは必ずあるから、次の真言がでますよって形になっています。サティアンって真実って意味じゃないんですよね。

まあそれはともかく、
どんな解釈をしようと、実りは必ずあなたに帰っていくと思います。

sia********さん

2019/10/1512:13:08

いいわけないでしょ。

編集あり2019/10/1512:13:00

関係性で成り立っている。
有があるから無があり、
無があるから有がある。
有=無
どちらか片方では成り立たない。

無いものが在る。

言い換えると縁起論になります。

そう解釈しています。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

cat********さん

2019/10/1509:58:09

空と無常と無我は同じです。

自性が”無い”(※便宜的に”無い”と言っているだけです)ということを表す語です。

(※ブッダの教えは、縁起説なので、あらゆるものごとは関係性で成り立っており、常に変化しており、”それ自体”=”恒常不変の何か”は想定しませんので、”自性の有無”という問い自体が成り立ちません。なので、”自性が無い”というのは便宜的表現です)

さん

2019/10/1509:57:25

空は縁起が分からないとダメです。
縁起で成り立っている世界観を理解することなしに、空は分かりません。

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる