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三国志初心者にご教授願います。 趙雲は比較的早い段階から劉備に仕え活躍した...

mas********さん

2019/12/1100:38:08

三国志初心者にご教授願います。

趙雲は比較的早い段階から劉備に仕え活躍したと思いますが、例えば五虎将軍の中でも位が低くかったようです。
趙雲の出世が遅かった理由はなんでしょうか?

龐統が亡くなった時、趙雲が関羽や張飛に次ぐ地位を得ていたら、諸葛亮は荊州を関羽ではなく趙雲に託せたのではと思います。
関羽や張飛は劉備でないと抑えがきかないので益州へ配置し、趙雲に荊州ゆかりの馬良、黄忠、魏延といった配置なら、劉備は荊州を失わなかったのではないでしょうか。

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ベストアンサーに選ばれた回答

sna********さん

2019/12/1107:23:44

まず五虎将ってのは創作です、何故趙雲の出世が遅いと言うより、演義で不当に持ち上げられたと考えるべきです、劉備の股肱である関羽張飛に元群雄の客将馬超、夏侯淵を討った黄忠は別格です、本来趙雲はこの四人と同列に並ぶ人物ではありません、都漢中に任じられたのは趙雲より後に劉備に従った魏延ですから、趙雲より魏延の方が評価は上です

一州を治める訳ですから、その土地の豪族の信頼を得、時には弾圧もしなければなりませんからネームバリューも重要です、曹操に重用された関羽とほとんど無名の趙雲では比較にもなりません

後、諸葛亮の存在を高く評価しすぎです
劉備政権の中心人物ではありますが、あくまで高級官僚の一人です、荊州の人事を決める様な権限はありません、法正の方が高位ですし

劉備の配下ってのは大きく四つの派閥にわかれます
1.劉備を中心とした侠客集団
2.荊州で劉備に従った荊州閥
3.益州豪族
4.劉備以前に益州入りした非益州人
2と3は劉備政権で権力を得る背景に土地ってバックボーンがあり、4は法正を中心に同じ外様である劉備が自らの手足として権力を与えました、1は劉備との個人的繋がりのみです、趙雲は1に属しますから高位に着くのは難しい部分もあります

質問した人からのコメント

2019/12/12 09:21:12

皆様回答ありがとうございました。
勉強になりました!

ベストアンサー以外の回答

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さん

2019/12/1122:28:29

まず趙雲他の人も言っているが護衛の仕事が多かった。それと副将として大将をサポートする仕事も多かった。孔明や劉備からしたらかなり計算のできる人物で、安心して仕事を任せられる将軍。

それと荊州を関羽に守らせた理由は、まずこの時代の関羽は、本当に戦が強かった。あの曹操も脅威で都を変える事を検討したくらいです。
それと孔明とあまり仲がよくなかったので、荊州を任せて距離を置いた側面もあります。

三国志の時代にも忖度とかもあるので必ずしも力通りに配置するとも限らない

kum********さん

2019/12/1110:58:37

既に書かれていますが、理由は将軍としての活躍の場がほとんどなかったから。
これに尽きるでしょうね。

演義だと趙雲は文武両道で分別もあり、思慮深い万能の人物のように描かれていますが、正史を見る限りでは劉備やその家族の親衛隊長のような役割が主任務で、将軍としての力量は正直未知数、少なくとも劉備生存中は五虎将と呼ぶには明らかに格が落ちるのです。

比較的初期から従っていながらそのような状況で、後から従ったのに漢中を任された魏延とは比較にならない。さすがに趙雲が忠節無比だったとしても、荊州は任せられないです。

まあこれは劉備集団の成り立ちが、後半まで流浪の連続だったこととも無縁ではありませんね。実際北伐の時は諸葛亮から与えられた任務をきっちり遂行して、将軍としての力量も示していた訳です。場が与えられていれば、もう少し活躍することもでき、他国からの評価ももう少し高くなっていたかもしれません。

まあこの辺りはたらればですね。正史における趙雲の能力を私的に数値化すると以下のような感じになります。MAXは200です。比較として関羽と張飛も載せておきます。

趙雲 武勇183 統率84 知謀79 政治95

関羽 武勇178 統率101 知謀128 政治84
張飛 武勇189 統率112 知謀106 政治40

張飛は政治力が低すぎて郡や州の統治を任せるのには不安があります。逆に趙雲は武勇以外に見るべき部分がないため、郡や州の軍隊を統括させるのには不安があります。結局この中では関羽が武名、統率力、知略のバランスが一番良い、と言う話になるのです。

他のやり方では、優秀な名士に州の統治は任せ、張飛には指揮権のみ与える、と言う方もあります。関羽の最後を考えると、こちらの方が良かったかもしれません。ただ、こちらも張飛の粗暴さがどこかで問題になる可能性は十分にあります。

貂飼いさん

2019/12/1102:31:42

関羽と張飛は別格で、趙雲がそれに次いで劉備から信頼される人物。そうすると奥向きのことを取り締まるのは信頼厚い趙雲。荊州撤退のおり劉禅を救い出したのがその証左。後に孫夫人が劉備に嫁いできますが、実際はこの夫婦は関係が悪く、また孫権のスパイでもありましょうから胆力のある趙雲に引き続き奥向きのことをまかせています。重要な役目ですがなにせ劉備の家政をみるわけですから当然公的な地位は上がりません。信頼の度合いが強いからこそ出世が遅れた、という考えも出来ます。

yuho800さん

2019/12/1101:23:47

趙雲の活躍を簡単にまとめてみると
・長坂で甘夫人と劉禅を救う
・諸葛亮や張飛と益州に行き江陽を落とす
・北伐で曹真に敗れるが巧みに撤退する
これだけしかありません
私のイメージでは趙雲は護衛などに向いており
将軍としてはそこまで優れてないと思います
また、益州攻略はそんな簡単ではなかったので
できる限り荊州の守りは少なくしておきたい
となれば将軍として優れており学識もあって
地位も高く信頼できる関羽しか任せれません
荊州を失わないでいるのはかなり難しいでしょう

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