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サイパン・グアムの戦いについて 1944年の米軍上陸時にサイパンとグアムには一...

rbl********さん

2020/1/1101:21:30

サイパン・グアムの戦いについて

1944年の米軍上陸時にサイパンとグアムには一個師団ずつ守備隊が配備されていましたが、遅くても1943年の夏頃から日本軍が防備を固めていれば、充実した戦力

をサイパンとグアムに配備することが可能でしたか?
また、大戦後半の戦いのように縦深防御陣地を構築し水際撃滅にこだわらないという前提で、何個師団の兵力があれば米軍と互角に戦えたと思いますか?

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kuronekofanさん

2020/1/1508:39:25

占領直後の1942年夏からでしょうか。
1943年後半から潜水艦による輸送船戦没被害が増えていきますが無策でした。
サイパンなどには「松輸送」と称する特別輸送によって兵員と弾薬の輸送が行われたが計画の半分で終わってます。
沖縄のように築城資材を3倍、工兵部隊を1万人、それに継戦能力の高い軽迫撃砲、1式速射砲を100門、弾薬30万発ほどあれば玉砕を3ヶ月は延長させて米軍に多大な損害を与え、占領後もアスリート飛行場を度々襲撃して日本空襲の阻害に効果を発揮したと思います。

玉砕後も
実際、硫黄島に配備した40機の重爆撃機による長距離爆撃を5回実施、B29を50機ほど撃破していますがこちらも200機ほど投入できれば相当期間、飛行場を使用不能にしてB29部隊をかなり壊滅させることができました。

また、島嶼防衛要領ができたのは1943年末ですが1 年はやめて本格的な築城と
地下陣地を構築すればかなり戦えたと思います。

いずれもたらればの話です。
島嶼防衛要領もなく十分な築城もなく、継戦能力を増強させずに単に師団を増やしても結果は変わらないでしょう。

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man********さん

2020/1/1522:35:21

連日の空襲を戦い ソロモン方面から転属して来た海軍兵で
サイパンに来た時に あまりにのんびりしていたので
愕然としたそうです。
永く南の島に駐屯した部隊は 南洋ボケして現実逃避して
補充で大陸から転用された部隊は 途中輸送船が沈められ
身体1つで上陸してたりで 実戦経験と言えば 土民兵相手の
シナ事変レベルで 猛烈な空襲に度肝を抜かれ 使い物に
ならない歴戦の勇士も少なからず居たとか・・・
早くに持久戦に切り替え 粘りが無くプライドばかりが高い
海軍の発言権を封じ 陸さん主体で 戦えば 水もあり 面積も
あったサイパンでなら かなり粘れたと私見します。

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