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漢詩「旧都の月」(作:角光嘨堂)の復文について、お教えください。教本の読み下...

xur********さん

2020/1/1520:34:25

漢詩「旧都の月」(作:角光嘨堂)の復文について、お教えください。教本の読み下し文から復文を試みましたが、誤りがあると思いますので、修正をお願いいたします。

原文をいろいろ探しましたが、見つかりませんでした。よろしくお願いいたします。

○教本の読み下し文
猿沢の池辺凋落の夕(ゆうべ)
水揺(うご)き星流れて落陽(らくよう)に逢う
夕月影は寂し浅茅ヶ原(あさじがはら)
絡緯声は寒し三笠の秋
落葉散り尽す京洛(きょうらく)の終
暮鐘幾点盛衰を愁(かな)しむ

○復文を試みたもの
「旧都月」
猿沢池辺凋落夕
水揺星流逢落陽
夕月影寂浅茅原
絡緯声寒三笠秋
落葉散尽京洛終
暮鐘幾点盛衰愁

第二句の「落陽に逢う」は、迷いました。述語+目的語と思い「逢落陽」としましたが、よかったでしょうか。また、第五句の「終」には仮名がなく、「おわり」と読んでよいのでしょうか。「京洛の終」の意味も明確には理解できないでいます。全体について修正していただけますと幸いです。よろしくお願いいたします。

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zhu********さん

2020/1/1615:39:02

六句だから、七言古詩。
第一聯の「落陽に逢ふ」を「逢落陽」とするか、「落陽逢」とするか。
陽は平陽、逢は平冬。

第二聯の「三笠秋」の秋は平尤。
第三聯の「盛衰愁」の愁は平尤。
「盛衰を哀しむ」だから「哀盛衰」とすると、衰は平支。

二聯・三聯は同じ平尤と見て、一聯と韻が異なる換韻格(二解)と言うことではないでしょうか。

  • zhu********さん

    2020/1/1616:12:10

    凝り性さんの批判が厳しいので、私の解釈を提供します。
    「旧都月」、旧都は大和国奈良の周辺です。各聯「猿沢池」「三笠山」「京洛(奈良)」の名を並べています。題の「月」は月が出る時間帯を指します。
    第一聯は落陽の時、猿沢池は草は凋落し(枯れ衰えて)、池の面に一番星などがちらちらと映り始めた頃でしょうか。西を眺めると赤い夕陽が沈もうとしています。
    第二聯は三笠山に「夕月」が出て、絡緯(コオロギ)が鳴いています。
    第三聯は京洛も一年の終わりを迎え、落葉は散り尽くし、寺々の暮鐘が鳴っています。
    凝り性さんが罵るほど悪い詩とは思いません。「月」の詩なのに「月」を歌っていないと言うけれど、「夕月」が出ているのが見えないのかな。日本の漢詩だから、単語も中国の詩に倣う必要はありません。日本の詩としての独自性を持つべきです。

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質問した人からのコメント

2020/1/21 21:23:49

 ていねいにお教えいただき、ありがとうございました。お教えいただきましたことを、しっかり咀嚼し理解していくよう努めます。これからもよろしくお願いいたします。

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kor********さん

2020/1/1609:26:59

長くなったので、書き直す。

寝る前にチラッとみたが、でたらめで、何を言わんとしているか分からないから、修正のしようがない。
愁盛衰 としておいて構わない。「京洛の終」は、分からなくて当然。
素人の詩。
知っている言葉をランダムに並べただけだね。

今朝、ちょっと手が空いたので再検討

大分、複文の腕も上がってきたようだし、「京洛の終」が分からないと言うだけでも、意味も分からずに詩吟をやっている人よりは良い。

そもそも「京洛」という言葉が、漢詩には使えない和語。京都を示すのには「洛城」「洛陽」とする。

「猿沢の池辺凋落の夕」の意味不明。「凋落」の用法を取り違えていると思われる。「八荒馳驚飆,萬物盡凋落。」(李白)のような用法で使い、「夕」を修飾する言葉としては使えない。
かといって、「夕べに凋落す」とは読めない。

「凋落夕」と言っておきながら「星流逢落陽」とはこれ如何に。夕方、洛陽の時に、星が流れるのが見えるか?
「絡緯声寒」は菅原道真からの借り物だが「三笠秋」に繋げるのは無理筋。三笠山一面にこおろぎが鳴いているわけではあるまい。

「盛衰を愁(かな)しむ 」? 哀しむのは「衰」であって、「盛」を哀しむ人はいないだろう。それに「愁」は、「かなしみ」とは読めるけど「かなしむ」とは読めないよ。

そもそも、教本には通釈がないの?

こんな詩は、この程度の複文でOK。

元が正しくないのだから、文法さえ合っていれば良い。君のせいではない。

なお、調べて見ると、角光嘨堂というのは、詩人でなくて吟詠家だ。漢詩を趣味で学んでいる人の3割くらいは詩吟をやっているし(漢詩というのは、元々中国では歌の歌詞だからね)、詩吟をやっている人でも、3%くらいの真面目な人は漢詩を学んでいる。
しかし、中途半端な吟詠家が、しっかりした学習もしないで作るとこういうことになる。

そもそも、詩題を「旧都の月」としておきながら、月を歌っていない。詩題と詩の内容が違うのは最大の恥。

ひょとすると、君の流派の先生ではないのか。

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