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【至急・500枚!】ロラン・バルトの「作者の死」

sqw********さん

2009/2/121:14:10

【至急・500枚!】ロラン・バルトの「作者の死」

ロラン・バルトが言う「作者の死」とはどのような意味ですか?
なんとなくは訊いたのですが、どうしてもよくわかりません。
詳しい方がいらっしゃったら教えてください!!

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win********さん

2009/2/308:33:52

バルト、テキスト論ってことを言い出した人の一人

です。

つまり、それまでの文学評論は作家論でしか

なかった。作品とそれを書いた作者の誰それの

人生を重ね合わせて、こういう生い立ちを背景に

持っているから、この人は本当はこういうことを

いいたかったのである、みたいな。

江藤淳大先生の漱石論なんかがそうで、

こいつ兄貴の嫁さんに惚れてたんだぜ、出来てたん

ちゃうん?ぐへへ。みたいな高尚で鋭い文学の

見方をします。

それの裏返しで、逆に別の方が仰るように、

ひいきの引き倒しみたいな信仰をしちゃう、神格化

みたいなことも作者に対してなされたりする。

それじゃ作品そのものに対する生産的な評価というのは

あり得ません。

なので、バルトは作品こそすべてであり、作者なんか

ぶっちゃけ意味ねーよ、っていう極端なことを敢えて

言ったわけです。

しかしこれは芸術に対する非常に成熟した目を必要

とするわけで、ここ20年来日本で流行っているインチキ

文芸評論は結局江藤淳様と同様、気のせいみたいな

ちっさい細部をあーだこーだと妄想する、「木を見て

森を見ず」みたいなことになっちゃってます。お利口ですな。

ということはかなり早い段階で想定できることだったし、

実際そういうこともバルトの時代にもあったようで、

なので、バルトは「テキストの快楽」っていうことを言うわけです。

作品が全てって言ったところで、芸術的な喜びが前提なのに。

ってことで、これがへっぽこな評論家にはよくわかんない。

つくづく残念な人たちです。

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ベストアンサー以外の回答

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mas********さん

編集あり2009/2/200:44:45

だいたいこんな意味じゃなかったかな。

〔1〕作品の「作者」と言う概念が生れたのは近代以降である。
〔2〕しかしその「作者」の概念が、しばしば作品そのものを支配するようになっている。
〔3〕この場合、読者は作者に対して従属的になり、パッシヴにしか作品を享受できない。
〔4〕言語学的に言えば、「作者」とは単なる「書き手」にすぎない。
〔5〕この「作者」の概念が消えることで、読者は作品の「多様な読み」が可能となる。

大ザッパにいうと、「漱石がこう書いてるんだから、読者はその通りに読めばよいのだ」という考えを否定したもの。まあロラン・バルトなんて、学部生のころに読みかじっただけなので、あまりアテにしないで下さい(そもそも哲学は専門外なので)。

sit********さん

2009/2/322:49:47

ここにある作品があったとします。
バルト以前には、「作者がこの作品の意図をどう考えていたか」によって作品の解釈が決まりました。
バルト以後では、「読者がこの作品の意図をどう考えるか」によって作品の解釈が決まるのだとされました。

つまりその作品の所有権が作者から、それを手に取り実際に読む読者へと移ったのだと考えればわかりやすいと思います。

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