石原慎太郎の業病発言

石原慎太郎の業病発言 「ALSを難病とせず業病と記したのは偏見によるものでは決してなく、作家ながら私の不明の至りで誤解を生じた方々に謝罪いたします」と謝罪したようですが、不明の至りっていう言葉は使い方合っていますか? 不明を恥じるや、不明、不徳の致すところは聞いたことがありますが、不明の至りっていう言葉は初めて聞きました。致すと至りは違うのではないか、と思いますが。

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問:不明の至りは使い方合っていますか? 答:はい。合っています。至りは動詞「至る」の未然形からの名詞で、結果ということです。 問:致すと至りは違うのではないかと思いますが? 答:はい。違います。「致す」は意思動詞でありその連体形です。「至り」は無意思動詞「至る」からの名詞。 意思動詞を使う「致すところ 」のほうが「私がやりました」という気持ちが強く、無意思動詞のさらに名詞を使った「至り」は「不可抗力だよ仕方ないじゃん」という気持ちが強いことになります。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

こんなにすばらしい回答に合ったのは知恵袋利用至上初めてです。言葉に繊細なはずの作家があえて至りを使ったのは意味があったのか、間違いだったのか、知りたかったのです。不可抗力だから不明な発言も仕方ないとやっぱり石原氏の心情的には仕方ないじゃん。っていう無意識ないいわけが入っていると感じました。 他の回答者はなぜ質問するの?とか馬鹿ばかりでした。誠にありがとうございました。

お礼日時:8/1 15:11

その他の回答(2件)

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国語辞典で「いたり(至り)」を引きましょう。 「聞いたこと」がある情報が一つ増えますよ。(辞書を引くんだから「見たこと」があるだろ、とか言わないでね。) たくさん見たり聞いたりして、物差しを強化しましょう。

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「至り」は、あることの結果、そのために起きたという事の成り行きを表します。 若気の至りのように。 自身が不明であった、知識なのか深く考えることが足りなかったのか、その不明の結果こういう発言をしました、ということなので、何もおかしくないと思います。