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生きる意味を昔から探しています。生きてて楽しいと思うことがありません。辛いだけです。生きてても何も楽しくないのに仕事はしないといけないし結婚や子供をせかされるしただ人生を過ごすのか

生きる意味を昔から探しています。生きてて楽しいと思うことがありません。辛いだけです。生きてても何も楽しくないのに仕事はしないといけないし結婚や子供をせかされるしただ人生を過ごすのか 苦痛です。こんな思いをしている人はどうやって過ごしていますか?あきらめるしかありませんか?

回答(21件)

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どんなことにも、何か喜び?があると思うんだけどな。 >仕事はしないといけない 稼いだお金使うときとか、 美味しいもの食べたときとか、 仕事がうまくいったときとか、 小さいことでもいいから、なんかないの? あると思うんだけどな。 「全くない」なら、できない(続かない)よ、そんなこと ずーーーーっとなんてさ。 見えてないものもあるだろうし、 見てないものもあるだろうし、 気づいてないものもあると思うよ。 漠然としんどいな、めんどくせーな、辛いな、、、 ってところから、1つ1つの行動を よく観察?してみたらどうかな。 見落としてるもの、気が付かなかったもの、 当たり前すぎて、気にもしてなかったこと、 何か変化?違い?違和感?なんかを感じるかもしれない。 そんなちょっとしたことで、 人生変わるかも、、、大げさか。。。 でも、きっかけってそんなところにあるもんだ。

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こんにちは お答えしますね 私は研究を通し、人間には生きる本当の意味があることを知りました。長いですがとても大切なことを書きます なぜ人間は生きているのか、これまで皆が考えてきた疑問です。でも答えを見つけられないので、いくら家族やお金や趣味があっても、何か物足りない感覚があります もしすべての物 宇宙、銀河、太陽、地球 、生物、そして人間が、すべて偶然に発生したなら、すべては偶然に存在しているのであり、存在意義は ありません。本当は生きる意味などないのに、家族や社会のために生きる意味を見いだそうとしています。でも私たちすべては偶然発生した"物"なので、たとえ生きる意味を考え出したとしても、本当はそんなものはありません すべては無意味です でも、私はこれまで宇宙や生物に関する研究をしてきましたが、それが偶然に発生することなど100%ありえないことを知りました その理由を少し挙げます 1.宇宙の仕組み 宇宙は絶妙な物理定数の上に存在しています。4つの物理学的力(重力、電磁気力、強い核力、弱い核力) 、陽子と中性子の重さ、光の速度、ヒッグス場の値など、すべての値が超絶妙に調整されているために、宇宙が生まれ、原子が生まれ、星が生まれます。これらの値の1つがほんのわずかでも今と違っていたら、宇宙は存在できません。これらの値がすべて偶然に揃うことは 確率的にゼロです (ポール・デイヴィス「幸運な宇宙」参照) 2.生物の仕組み 細胞の仕組みは1つの都市に例えられるほど複雑で精巧なものです。なんと自己複製もできるので都市より相当ハイテクです。最も賢い科学者集団でも細胞1つ作ることもできません。さらに細胞はDNAがなければできませんが、このDNAも超ハイテクで、1gで1兆GBの情報を記録できます。最先端のmicroSDUCでも0.4gで現在最高13万GBほどしか記録できません。超ハイテクなDNAが偶然にできることはありえません (リーハイ大学教授のマイケル・ベーエ「ダーウィンのブラックボックス」参照) 緻密な宇宙が偶然に整い、超ハイテクなDNAや細胞がまた偶然に発生し、さらに、愛や正義や神について考える「第2の宇宙」と呼ばれる超複雑な脳を持つ人間が偶然にできる可能性は… 科学を詳しく知らなくても 正常な思考で考えたら 100%ゼロです 以上はほんの2例ですが、宇宙も生物も偶然に偶然が重なって発生したとは言えない理由です。多くの最先端の科学者が進化論を否定している理由でもあります では宇宙や生物が偶然に発生したのでないならば、どのように発生したのでしょうか インテリジェントデザイン論(ID論)つまり人間の思考能力をはるかに凌ぐ存在(宗教的には神と呼ばれる)によって創造されたという論が一流の学者たちによって世界中で真面目に考慮されています(京都大学名誉教授の渡辺久義氏など) では、仮に本当にそのような存在が生物や人間を作ったのであれば、その証拠が自然界以外にもないか。ということで調べたのが宗教です。各宗教には特徴があり、その中でID論 つまり一人の創造者について論じているのは主にユダヤ教 キリスト教 イスラム教で、これらに共通して尊重されているのは聖書です。そこで宗教とばかにせず、客観的に聖書を研究しました 研究で分かった主な点は 聖書には多くの予言が書かれていて、歴史を調べるとそれらの予言が本当に実現してきた ということです 日本人は知らない方が多いですが、聖書には多くの予言が書かれています。わかりやすいのはダニエル書にある予言ですが、そこには世界の国々の将来が予告されています。メディアペルシャ帝国、ギリシャ帝国、ローマ帝国、それ以後の世界の列強の動きが予言されています(「聖書ー神の言葉、それとも人間の言葉?」という本の第9章が詳しく解説。https://wol.jw.org/ja にある「書籍」の項の「神の言葉」から無料で読める) 歴史と考古学を調べて分かったのは、ダニエル書に限らず聖書中の幾十もの予言が100%実現してきたということです もし一つの予言でも実現しなかったなら、もうイカサマと分かりますが、聖書の予言は全部当たってきたことが歴史によって証明されています。信じがたいことです。人間では100%当たる予言をするのは不可能です。でも聖書の予言は創造者によって人間に与えられたと聖書に書かれています それで聖書予言の完璧な成就は、創造者が存在している証拠、また聖書が創造者からのメッセージである証拠となっていることがわかりました それでは、聖書には創造者が人間を作った理由、つまり人間の生きる意味が書かれていないか調べてみると、ちゃんと書かれていました その答えは簡単に言うと 人間は、他の人間と創造者の愛を永遠に楽しむために造られた ということです どういう事かというと、聖書によると、創造者は愛と正義の神で、人間を造った時、動物のような本能ではなく、生きる意味を考える能力、思考力、良心、正義を求め愛を楽しむ能力を付与しました。 子供をもうけ、家族を愛し、他の人を愛し、また愛されることを楽しめるように造られました それだけでなく、人間は神との関係を育めるようにも造られました。これがいつの時代もどの国の人も神を求める気持ちがある理由です。 神は人間が生きる喜びを味わえるように五感を与え、美味しい果物や野菜、感動的な自然や動植物を造り、それらを人間が楽しめるようにして、自分が人間を愛していることを人間が理解できるようにしているとのことです。使徒14:17に「神は人間に雨や実りの季節を与え、人間の心を喜びで満たして、ご自分(の存在)を明らかにしてきた」とあります 聖書によると、創造者は人間の親として私たちをとても愛しています。元々は人間が地上で健康と若さを保ちながら永遠に生きて、他の人との愛や友情を深めていけるように、また良心に沿って生きて幸せになり、そして自然や動植物を見て 研究して、毎日驚き、感動し、また芸術や音楽やスポーツなどを究めて楽しめるように、さらに神との友情を永遠に深めていく、これらの目的で造られたと書いてあります そのことが聖書の伝道の書3:11でこのように示されています 『神は宇宙、地球、動植物などを美しく造った。神が造ったそれらのものを人間が知り尽くして飽きたと言えないように。永遠の時を人間に与えた』 (神経学者によると人間は一生の間に脳の潜在記憶容量の1万分の1しか使っていない。何歳になっても死を避けたいと願い、永遠を願う心。これらは永遠に生きるよう造られた名残と言われている) ところが 過去に人間が創造者の定めた法律を捨てた(創造者の支配から独立した)ため、永遠に生きる権利を失ってしまいました 創造者の支配を捨てた結果、本当の善悪の規準を失い、良心を正しく働かすことができなくなりました。その結果、世界は混乱し、不公平で過酷な社会になり、私達はとにかく生きて、病気になり死んでいきます。真の愛と正義を見失った世界で社会も家庭も混沌として多くの人が苦しんでいます しかし、年代計算できる聖書予言によると、今は終わりの時代です。そしてこの時代には、国家間紛争、大地震、飢餓そして感染症が世界的な影響を与えると予言されています(ルカ21:10,11)また人間の変化について「終わりの時代に人々は自分を愛し、金を愛し、感謝せず、乱暴で、人を裏切る…」と予言されていました(テモテ3:1-5) 予言によると、間もなく神は混乱したこの世界を終わらせ、地球と社会に正義と秩序を回復させます。とても重要な事ですが、そのために今創造者は全人類に教育を施しています。創造者の言われること、聖書を学んで、他の人を愛し、正義を求めている人間に、創造者は地上での永遠の命を楽しむ権利を与えてくれるとあります(詩編37:29) さらに、これまでに亡くなって土に帰った人間は地上に復活(再創造)させられて、教育を受け、創造者に従う人はみな永遠の命を与えられるという驚くべきことが書かれています(使徒24:15) 研究から、創造者にはヤハウェもしくはエホバという名前があることも知りました 信じがたいでしょうか、客観的に科学と聖書を調べた結果分かったのは、本当に創造者がいて、あなたを見ていて、とても愛してくれていること、私達に完全な健康と若さを取り戻させ、正義の社会で永遠に生きて、他の人間と愛し愛される生活を楽しませること、そして地球の美しい場所や植物や動物、そして果てしない宇宙について学び、永遠に感動し、学問や芸術や音楽やスポーツなどを究めて楽しませること、そして神という存在について永遠に学んでゆくこと、これが神が私達に与えた生きる目的だということです この動画が簡単に説明https://www.jw.org/ja/%E5%87%BA%E7%89%88%E7%89%A9/%E3%83%93%E3%83%87%E3%82%AA/#ja/mediaitems/AllVideos/docid-502017855_1_VIDEO これがファンタジーではないことを確かめることができます https://www.jw.org/ja/%E8%81%96%E6%9B%B8%E3%81%AE%E6%95%99%E3%81%88/%E7%A7%91%E5%AD%A6/ 食べて寝て働いて遊んで死ぬ…それが生きる意味ではありません あなたも調べてみてください 必ず大きな感動と喜びを得られるはずです p(^-^)q

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”生きる意味”という森の中で、”楽しい”という鳥を探している、 いわゆる「青い鳥症候群」ですかね。 どの程度の探す努力をしてきたのか、本人にしか知りえないですけど、まあどの道そんなもの探したところで、影も形も無いですよ。 単なる概念ですからね。 森も無ければ鳥も居ません(--;) 取り敢えず愚痴ってても解決しないんで、まず闇雲に探すを止めてですね、、 例えば罠を仕掛けてみるとか、猟銃に弾を込めるとか、そういう戦術的な行動に時間を割く方が余程重要です。 目的は捕まえる事なのであって、探す事自体が目的化してはいけないし。 ある日突然生きる意味とか、楽しいと思える事が見つかったところで、その時に実行する技術・体力、資金力が無ければ何の意味もないんですよ。 「チャンスは準備された心に降り立つ。」というやつです。 話は変わりますが、 僕自身はGiver&takerで言うところの、Giverである事の方に価値を感じられる側です。 他人に与えられる自分で居られる事の方が、他人から与えられるよりも嬉しいと感じます。 で、一般的にGiverが与えたい相手は同じGiverですから、 貴方がもしGiverであれば、まずは身近な他人に親切にして、尽くして、楽しませてあげると良いと思います。 必ず返って来ますよ。

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煩悩(心身を悩ませるはたらき)による問題です。 「煩悩」に身心が害されると、気持ちが平常心を失い、冷静さがなくなり、落ち着きもなくなります。 ある縁によって「煩悩」は生まれます。 またその縁と自分自身が持ち合わせている、考えや思想によって「煩悩」は生まれます。故に性格的な「好き嫌い」などの感情に大きな原因があります。 この感情を完全に無くせば問題はありませんが、実際問題そう言うわけにはまいりません。 世の中の人は、この「煩悩」の扱い方に迷い振り回されていると言っても過言ではありません。 日蓮正宗の信心は「煩悩」をよりよい方向に、生活が快適になるよう取り扱っていくものです。人間が苦しむ原因は「煩悩」があるからです。 「煩悩」は残念ながら完全に無くすことが出来ません。 日蓮正宗の考えは、完全に滅するのではなく、正しい「煩悩」の取り扱い方法が説かれているわけです。 世の中には使い方一つで良くも悪くもなる事柄が多くあります。 「煩悩」もこの理屈と同じように、悪く考えるから「煩悩」として存在するのであり、良い方向性に考えを向けることで「煩悩」という存在が「菩提」(悟りの境地)に変わってしまうのであります。 「煩悩」をよく火に譬えられますが、火も扱い方次第で生活を快適にしますし、一歩間違えると、火事を引き起こし生活を全て失う可能性を持っています。 「煩悩」もこの理屈と同じです。 御本尊様(信仰の対象)に向かって御題目を唱えるところに「煩悩」の正しい扱いと生活を快適にする方法が見出せます。 「煩悩」という心に燃え盛る火を、御本尊様から智慧を頂いて大事に至らないよう解決させて頂き、「煩悩」をもって生活を楽しくし幸せにします。

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人生は、すべて虚構の中に組み込まれた、勘違いです。 人生とは勘違い。 勘違いしたまま気がつかないでいきてくのはしあわせです。 気がついたとしても、虚構の中から抜け出せません。 辛いのも勘違い。 生まれて死ぬまでの間に、どう生きるか、だけのこと。 意味はない、下の回答者に同じです。