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2020/8/18 23:39

88回答

ブルートレインの牽引車について ブルートレインが引退してずいぶんになりますが、いまだに懐かしく思い出します。 ふと感じたことがあるので教えてください。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

ご丁寧にありがとうございます。

お礼日時:8/24 22:57

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EF66が「あさかぜ」「富士」などに使用されるようになった理由は、山陽本線の瀬野~八本松の急勾配区間に対応するためです。 したがって、京都~出雲市は山陰本線を運転する「出雲」、岡山から宇野線(本四備讃線)に入る「瀬戸」、東京~大阪の「銀河」はEF65₁₀₀₀が運用に就きました。 もともと寝台特急は貨物列車よりもずっと軽いので、強力なEF66を用いるほどでは無かったのですが、国鉄末期の貨物輸送縮小で、高速貨物に用いられてきたEF66の両数に余裕が生じたため、ブルトレ牽引にまわしたのです。 このことにより使用機関車のパワーに余裕もできるので、ロビーカー連結も可能となったわけです。 このようにEF66を使うようになったのは瀬野~八本松対策ですから、これを機にブルトレ(東京~下関/九州)を牽引する機関車も、これまでの東京区の機関車から下関区の機関車に代ったわけです。 一方で広島以西には行かない運用は東京区(のち宮原所)のEF65が引き続き使用されたわけです。 また、東北本線は黒磯以北が交流電化なので、黒磯で機関車を付け替えるか、交直両用機関車を用いるかの二択です。 EF81は言わばEF65の交直版で性能はEF65と同等です。 北斗星はそれほど重い列車げはないので東北本線ではEF 81で充分でした。 また、東北地方の難所はすべて交流電化区間なので、直流のEF66は東北の各方面には配置されていなかったのです。

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>「出雲」や「瀬戸」、急行「銀河」などはなぜEF66が活躍した時代でもEF65が牽引していたのでしょうか。 EF66は下関の機関車です。下関に行かず、牽引定数もEF66を必要とするほど両数がなかったのでEF65のままでした。 >北斗星にはEF81でしたね。ここもなぜEF66ではダメなのか 黒磯駅を境に北は交流電化です。直流機であるEF66は、ここでEF81又はED75へ付け替える必要が生じます。 付け替えの手間と速達性を重視してEF81を選んだものと考えます。 牽引定数もEF66を必要とするほど両数はありません。臨時はEF65牽引で黒磯で付け替えていました(エルムや北斗星トマムスキー、カートレイン、団体列車等)。 ※EF66を本当に必要としていたのは、ロビーカーを連結し16輌編成となっていた「はやぶさ」「富士」だけです。それ以外の九州ブルトレは、運用効率の側面が強いです。

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ブルーレインの元祖20系が使われ出した頃、当初はEF58形が牽引したり、ローカル区間では蒸気機関車も牽引に当りました。はやぶさも九州内でC61が牽引しましたし、ゆうづる、はくつるもC61が牽引しています。 そのため、EF58には専用のブルトレ色という塗装までありました。 東海道本線と山陽本線は電化されていたので直流電気での牽引でしたが、EF58では最高速度95キロでの運転しか出来ず、最小が牽引機を当時最新だったEF60型(貨物機)にブルトレ牽引用設備(カニ22型のパンタグラフの上降スイッチ、20系の車掌室との直通電話回線)を付加した500番台に変更しました。 しかし、貨物機ゆえに歯車比が大きく速度が上がらないことから新型機EF65型(歯車比はEF60が4.44、EF65が3.83)に同じ装備をした500番台25両に置換えることで110キロ運転へ進んで行きました。 東海道系ブルトレがEF65型500番台の期間が長く、1970年代に1000番台に交代しましたが、その後ブルトレが斜陽になって行きました。 その打開策としてロビーカーをはやぶさ、富士に連結することになったのですが、ロビーカーと1両置換えるのではなく増車であったために牽引定数を超えることとなりました。 その頃丁度特急貨物が減って余裕があったEF66型の後期型25両を下関に集め、瀬戸、出雲以外を置換えました(瀬戸・出雲はEF65型1000番台のまま。但し、間もなく東京機関区がなくなったので、担当する帰還者は田端に機関車ごと移動。ロビーカー連結はないので、牽引定数を超えることもないため)。 また、大阪発着のあかつきなどは速度を出さないことから、一部は再びEF58P型改造機によって牽引したこともありました。 そして出雲と瀬戸が電車化された後、残った東海道ブルトレは、新型機投入もなく、2009年の「富士・はやぶさ」併結列車の廃止で消えて行きました。 東北本線系のブルトレ北斗星は、当初はEF81でした。これは宇都宮駅(通過)を通る途中に当時は交直セクションがあり、通過したまま自動で切替える必要があったため、交直両用機関車で牽引する必要がありました。 EF66は直流機なので、必ず交流機関車への付け替えが発生します。 ということは宇都宮は営業停車するか運転停車しなければならなくなり所要時間が延びるのです。 手前の停車駅で付け替えることも考えられますが、この場合は直流区間も走ることとなるので、交直両用機に変えることになるため効率が悪いので、青森まではEF81になったのです。 当時JR東日本はJR貨物から委託されて貨物牽引も機関車がしていたので、EF891が老朽化して現役から基本的には降りることになったとき、先々長く使えるとは推測出来ない新型電気機関車を作るかどうかで困り貨物に効いたところ、EF510型ならh義気取ると言われ、同型にJR東日本ブルトレ用の装備を追加した500番台を15両製造して置換えました。 後にいたく貨物はなくなって余剰となった半数を貨物9画像備分として譲渡を受け、北斗星の運転終了に伴って残りも買い取りました。 EF66が東北線系で使用されなかったのは、まず元が東海道線系特急貨物(たから号やぎんりん号など)牽引用の暖地向けの機関車で、耐寒耐雪ではなかったこと、ヨ臓器を集めても東海道線系分しかなかったこと、東北本線が宇都宮通過でありながら宇都宮構内で交直切換がされるため、交直両用機関車でないと当試運転が出来なかったためです。 By元鉄道従事員

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元々、EF66 は貨物列車用の直流機関車 東北方面は交流電化区間が長くなるからEF66では無用の長物。

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もっと早くEF66牽引にするべきでしたけどね。車両の充当ができなかったのです。 もう当時は国鉄もやる気なかったですから。 EF66は直流機関車なので、交流区間は走行できません。交直流機のEF81が使われました。少し勉強したらどう?

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質問者

2020/8/24 22:56

お前マジうぜぇ。最後の一文とりけせやボケ。 こっちはてめぇみたいな鉄オタみたいに暇じゃねぇんだよ。