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2020/9/8 22:05

44回答

ミッドウェイの映画に出演されてる國村隼さんが「こいつのせいで負けたと言われてる南雲中将を演じてます」と言って笑いを誘っていました。

ミッドウェイの映画に出演されてる國村隼さんが「こいつのせいで負けたと言われてる南雲中将を演じてます」と言って笑いを誘っていました。 その言葉がすごく気になって調べたのですが難しくて理解できず、なぜそのように言われているのか簡単に教えてもらえませんか?

補足

負けたのは結果論であり、南雲中将が悪いわけではないことは理解しています。 國村さんがわざとそういう言い方をして宣伝しているのも理解しています。 しかし世間から南雲中将がそういう風に言われるのは何をしたせいなのか、または何をしなかったからなのか、持論、偏見が入っていても構わないので教えていただきたいです。。

歴史 | 映画295閲覧

回答(4件)

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南雲忠一は開戦時に日本海軍の虎の子である空母機動部隊を任され、東はハワイから西はインド洋まで各地を転戦し大戦序盤の日本の勢力拡大に多大な貢献を為しました。 しかし、ご存知の通り彼が率いた空母機動部隊はミッドウェー海戦で主力の空母4隻を失うこととなり、日本海軍の破竹の快進撃がここで止まってしまったことから俗説として彼を批判する人が多々居るのです。 この単純な「ミッドウェーで負けた」が南雲が非難される最大の理由であり、負けた理由をきちんと突き詰めて考察した結果の批判ではありません。 しかし、ただの印象論だけで非難されるというのは実は珍しいことでも何でもありません。そこを細かく見ていくのが歴史を学ぶ意味に繋がってきます。

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南雲忠一中将は、山形県出身 海軍兵学校36期?を 優秀な成績で卒業 海軍兵学校卒者なら、全員が必ず! 将官での、少将 中将 大将での階級 地位 役職にと なれる訳もない!のでね。 人事面で、将官での配置枠数とか、成績での序列 (ハンモック・ナンバー)等もああるし・・・ ま~中将での階級、地位 役職での事実! で~も~ね~ いくら、成績優秀での 軍人官僚主義? 等での人事でもね。 南雲は、専攻での専門が 駆逐艦とか巡洋艦からの 魚雷攻撃での水雷 航空関連では、素人! 操縦士資格もなし! でも~年功序列での人事制度での弊害で、機動部隊での 新規創設艦隊の、司令長官にとなったのでね。 有名な山本五十六は、操縦士資格はなし!専攻での専門が 砲術での大砲屋! でも、途中で~空母(航空母艦)赤城艦長とか、海軍 航空本部長等での勤務と役職等になり、花形で出世コース での大砲屋から、航空派に転換!追加で、日独伊三国 同盟には、猛反対!での 海軍左派トリオの中の1名 でも、海軍次官から、GF(連合艦隊)司令長官にと なったのでね。 山口多門は、海軍兵学校40期には、当時 16歳での 最年少で合格!開成中学始まって以来での、秀才と されていたし、卒業時での成績は、2番での次席 でも!専攻での専門は、当初・・・実に意外でね。 潜水艦 途中で~山本五十六とは仲が良くなり 操縦士資格無し!等でも、航空派にと転換! 開戦前から、空母 蒼龍 飛龍での 2隻の 航空母艦部隊での、第2航空戦隊司令をして いたのでね。 部下には、あえて 猛訓練!その分は弊害で 危険度も増加 殉職数も増加でも 命令で させ続けて、高練度での腕前となり でも、人殺し多門丸での別名もあったのでね。 しかし!山口司令は、操縦士資格無しでも 航空専門派の中の1名での事実な事は 海軍内では、有名だったのでね。 南雲中将は、平素での普段からは、部下での 草加少将、機動部隊参謀長と 南雲機動部隊の 航空参謀、源田実中佐の意見を聞いてばかり! でも、階級と役職 立場 責任度 最終判断と 決断!での立場、機動部隊司令長官での事実 布哇(ハワイ)作戦の際には、山口多門少将と 源田実中佐での機動部隊航空参謀からの、強い! 意見具申 第3次攻撃 での事を 却下! 無線傍受阻止目的で、旗の各種組み合わせでの 旗りゅう信号で、直ちに反転 岐路につけ!と したのでね。 第3次攻撃をしていたら・・・していれば! 艦載機での損耗数は、増加 でも、残りの敵艦艇を攻撃 備蓄での燃料タンクを 攻撃、防波堤とか造船所等での 工廠関連を 攻撃していれば・・・ 米太平洋艦隊の、1年分での備蓄の燃料等を 失い、米太平洋艦隊は 当初の本拠地 米西海岸での サンディエゴまで、撤退!となっていたのでね。 開戦前での数年前に、USAでは政府での政治面で 米太平洋艦隊での本拠地を、布哇に移動をさせたのでね。 その分は、日本まで距離的には、近くなる! 敵の燃料タンク等を攻撃すれば、敵艦隊は 1年間は 太平洋、特に 西太平洋での地区の作戦行動は 無理となる! 戦局は有利になったハズ! でも、南雲はそれをせず、やらず! ミッドウェー海戦時の前でも、図上演習での結果には 物言い!とか・・・ミッドウェー作戦の際には 重たい 魚雷から 重たい爆弾へ 更にまた 重たい魚雷に 兵装での再転換!甲板下での格納庫内では 混乱の上での、大混乱!時間損を招き! 南雲機動部隊での致命傷!命運を分けた!とされ続けて いるのでね。 索敵での偵察も、日本海軍での長年での悪しき伝統と 基本方針で、当初での最初から、軽視!等での事実

日本側にとって当時~敵でのUSA 米海軍が 敵での日本海軍側での司令官等での役職者で 最も!恐れていたのが イソロク での 山本五十六GF(連合艦隊)司令長官と ヤマグチ での 第2航空戦隊司令の 山口多門 少将 航空派での長年での実勤務と経験等で 航空戦での卓越者 エキスパート とされて いたのでね。

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言われているだけで 事実ではない 言われるのは,日本が南雲機動部隊が 石油の貯蔵庫を爆撃しなかった ミッドウェー海戦で 日本軍機についていた爆弾と魚雷を交換している際にアメリカ軍によって 航空母艦三隻が沈む大敗を犯したと されているから

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国村さんの事実誤認でしょ あんものはだれがやっていっしょ 偶然のかさなりでしかない 帰還ぎりぎりの燃料で その前まで雷撃機の追撃で低空に降りていた 空母まもる戦闘機の隙ついて がら空きのところから 急降下攻撃され爆弾命中させられただけです 本当にラッキーな会心の一撃なんですよ

その時の現場監督だからですよ 高校野球だって 生徒選手かばい監督が私の責任ですと よく言いますけどね 五十六の温情でもう一度やらせてもらった事もあり サンタクルーズ海戦の事です 南雲はよくがんばった将官ですよ