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「嗚呼、現代人は斯道の藝が実に拙劣である。宋朝(南朝の劉宋 420~479)の顧駿之は高 楼を建てて二階を画室とし、画室へ上がる毎に梯子を取り外したので家人も滅多に顔を見 ることが無いくらいで

「嗚呼、現代人は斯道の藝が実に拙劣である。宋朝(南朝の劉宋 420~479)の顧駿之は高 楼を建てて二階を画室とし、画室へ上がる毎に梯子を取り外したので家人も滅多に顔を見 ることが無いくらいで あった。もし気候が明朗であれば絵筆をとるが、天地が陰惨な時は 絵をかかなかったものである。今の画家とくると、筆墨は塵埃にまみれているし、絵具は 滓だらけになっているし、これでは、ただ絵絹を汚すだけのことで、とても絵画とはいえ ない。古より絵の上手というものは、みな官吏、貴族、あるいは在野の名士であって、こ れがその時代時代の傑作を出し、名声を千載に伝えたものである。いやしい職人どもに出 来ることではない。」 張彦遠『歴代名画記』論画六法の日本語訳の一部です。 この文の最後文章がよくわからず、質問させてください。「いやしい職人ども」とは庶民の絵描きを指しているのでしょうか?当時絵画というのは庶民は描けなかったものなのですか?そうだとすれば、それは道具が高価だったからでしょうか?

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回答(2件)

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ひとつの解釈としては職人とは「現代の画家」を指していて、精神的な要素が希薄で技巧に走っている様子を「職人」と揶揄しているのでしょう。 「天気が陰惨の時は描かずに」は破墨撥墨を使うためにわざわざそういう技法の映える陰惨な天気の風景をしか描かない風潮を諫めているのでしょう。 「筆墨を塵埃に混ぜ、丹青を泥滓に和し、徒らに絹素を汗す。」は技法の新しさばかりを形式として追っていて肝心の結果に生きていない事を無視しているのを批判しているのでしょう。 官吏貴族名士云々は一種のエリート意識でもあるでしょうが、当時も量産品的な装飾品はたくさんあったのであろうし、画家に対してお金ばかり追わずに矜持を持てと諫めているのではないでしょうか。(官吏貴族名士は生活の手立ては別に確保していてお金のためじゃなかったと言いたいのでしょう) 以上私の論に過ぎませんので、文章の全体や前後をお読みになって判断されるとよろしいのではないかと存じます。 当時も名画もあったでしょうがひどい作品製品もたくさんあったのだろうと思います。

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おそらく ①道具や気候など最良の環境を整えないで絵筆をとろうとする、作者と同時代の画家に対する批判。 ②画家という儒教的に卑しい職業への蔑視 という両方の意味をふくんでいると思います。

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早い回答、大変感謝いたします。①に関しては理解できました。②なのですが、お恥ずかしながら己の勉強不足のためよくわからずにいます。画家とは儒教的にあまりよく思われていないのですか?儒教は道徳的学問といった印象があるため、少し驚いています。