光速度不変の原理と同時性の不一致について 文系の私が最近、相対性理論に興味を持ち勉強をしてみているのですが、光速度不変の原理と同時性の不一致に矛盾を感じてしまってイマイチ理解できません。 ①まず、 光速度不

光速度不変の原理と同時性の不一致について 文系の私が最近、相対性理論に興味を持ち勉強をしてみているのですが、光速度不変の原理と同時性の不一致に矛盾を感じてしまってイマイチ理解できません。 ①まず、 光速度不 変の原理は、雑に言うと誰から見ても30万km/sで動いている。 →30万km/sで移動する観測者と光を同地点から同時に同方向へ発射させると、1s後には観測者から見える光は30万km先にある。ということですよね? ②分からないのが、 同時性の不一致を説明するときによく使われる、超高速で等速直線運動をする乗り物の中央に光源を置き...(以下略)のやつで、静止している観測者は、光が乗り物の後端に先に着くように見える、というところです。 ①では、観測者の速さと光の速さに足し算は通用していないですよね? ②では、乗り物の速さと光の速さに足し算が通用しているように思えて、矛盾を感じてしまいます。 根本的に私の理解が間違っているのでしょうが、このモヤモヤを乗り越えないと次の章に進めないので、どなたか理解の手助けをお願いします。

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相対性理論を使って物理現象を理解しようとする時、 速度、距離、時間という言葉を使う時には常に基準が 何かに注意しなければいけません。 『速度=距離/時間』という関係が成り立つのは、 速度、距離、時間を同一基準で観測した場合に限られます。 質問者さんの文章を確認すると、 ① 誰から見ても30万km/s:基準は観測者 30万km/sで移動する観測者:基準は静止者 光を同地点から同時に同方向へ発射:基準は静止者 1s後には観測者から見える光は30万km先:基準は観測者 基準が混在した状態で速度の加算は出来ません。 ② 超高速で等速直線運動をする乗り物:基準は静止者 光が乗り物の後端に先に着くように見える:基準は静止者 基準が同一なら速度の加算は通用します。 相対性理論を使って物理現象を理解しようとする時には、 全ての物理量は何を基準にしているかに注意してください。 高校までの物理で学んだ事、常識として身に付いている事、 それらが成り立つのは、異なる基準間の座標変換において ユークリッド幾何学が成り立つ場合に限られます。 相対性理論における座標変換ではユークリッド幾何学が 成り立たちません。 啓蒙書で啓蒙されたなら、次は物理学として学ぶ事を お勧めします。啓蒙書では真に理解する事は出来ません。 https://eman-physics.net/relativity/contents.html http://www1.odn.ne.jp/~cew99250/soutairon.html

ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆様、御回答ありがとうございます。 楽をしようとせずに基礎から勉強し直そうと思います。

お礼日時:9/20 2:13

その他の回答(5件)

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とりあえず、光速度不変の原理は原理です。大前提として、議論なくそれを正しいものとして他のいろいろな理論を導くための基礎としていくものなので、その理論そのものの正しさは、実はどこにも問われていません。

議論をしだすと確かめようのない超現実的な仮定を持ち出されてそれ以上の議論ができなくなったり、定義が学者間で曖昧になってお互いの話が噛み合わなくなることがあるので、いくつかの物理学者やその他の分野の有名な学者はこれを絶対的に正しいものとする。正しくないと思うなら私の話を聞かなくていいと言う原理を導入しています。

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①では観測者と光との速度差がゼロなので計算不能です。観測者の速度が光速であると見るもうひとりの観測者の存在が示されてません。 ②では運動する乗り物と光との速度差があってこの速度差が乗り物と共にある座標系(乗り物に乗ってる観測者が見るということ)では光速となるというものです。 いずれも相対的関係にある2物体(まあ一方は光だから物体じゃないけど)を観測する第三者の存在があり、それが二者間の相対的関係とごちゃになってるので矛盾に思えるだけです。 移動する観測者の速度を光速としてるのがややこしさを増大させてます。物体の速度を光速と見る観測者(座標系)は存在しませんので注意してください。

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以下の、1,2,3を同時にスタートさせると、 1、外部に静止した人の光速度:C ーーーーーーー> 2、外部の人から見たロケットの運動速度:V₋ ーーー> 3、ロケット内部に静止した人がみるロケット内の光速度:C ーーー> 4、2と3の合成の波動速度、w₊=√(c²+v₊²) ーーー>---> 1の光の先端と同じになります。 だから、1と3の光は同じ光速度でも、時間の経過が違う系にいるので、別もんなんです。 マクスウェルの方程式や自然が要請しているのは、同じ系の真空中の光速が一定じゃないと、いろいろな速度があると屈折率が変わるので、磁場、電場と相互で伝搬が一定にならないんですが、異なる系で、cである必要はないんです。 ですから波動速度wと運動速度vを分離するとというか、運動学や波動学には既にある。 光速度不変やローレンツ変換は全く、ややこしくするだけで無用、アインシュタインは引退ってことですね。 https://note.com/s_hyama/n/ncc86aa09f17c

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光速度不変とは光速が光源の速度によらない、ということであって、光速で移動する「誰か」が光を見るという話ではない。光源が光そのものだということも想定されておらず、通常の物質からなる光源であることを意味する。 実際に光速で移動できる通常の物質というものは観測されたことがない。特殊相対論の帰結でも質量のある物質は光速に達することができない。 光同士で言えば、同一地点から同一方向に同時に放たれた二つの光は、どんな観測によっても同時に観測される。それは相対論と全く矛盾しない。光は観測されるものまたは媒介手段であって観測者あるいは観測装置ではない。 なぜなのかは、より高度な話になるが、光は電磁場の力を伝達する「質量ゼロの場の量子」であり、力の場を発生する源の物質とは種類が異なるからだ。 「観測」というものは、常にそのような「力の場の量子」が物質間で情報を運ぶことによってなされる。つまりそれが「力が働く」ということだ。 なので光速度不変とは「情報伝達速度に上限がある(力が伝達される速度の上限)」ことを意味している。ナヌ事も光の速度より速く伝わることはないわけだ。 ②では、単に「光速が光源速度によらない」から、静止観測者から見ても乗り物の中の2方向への光速は同じだということだけだ。ならば静止観測者から見れば乗り物が動いている分、前と後ろとでは光が着く時間が異なる。その時間は光が進む距離(静止観測者が見た距離)を光速で割るだけだから足し算ではない。 足し算云々は、座標変換の話だから混同しないように。②の話は静止観測者の座標系の中だけでの話であって、乗り物内の座標系との間の座標変換の話ではない。

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1も2も正しくて、2は誰の視点から見ているかが大切ということです、誰から見ても光速が同じように見える、というのが光速不変の正しい理解です そのために時間や空間さえ歪ませるという理解をしてください 絶対的な速さは存在しない認識の方が良いと思います 馬鹿でも分かる相対論みたいな本でよくわかったという経験は私にはないです 一番は本の書き方が悪くて、そうするとこういうことに矛盾しないだろうか、という部分が無限に湧いてくるところです これは素人にわかりやすく説明するために犠牲にしているため本に書いてないことも多いです、もしくは著者がアホのためです 結論が現実離れしているので直感的でなく混乱するせいもあります 数式的に理解すれば、数式自体は正しいことに信頼がおけるので理解しやすいです 簡単には光速不変と線形性の仮定のみから出せます 本質的にはガリレイ変換とローレンツ変換です まずは古典力学、古典電磁気学を学んだ方がちゃんと理解できますよ 絶対的に正しいと思えたもの同士が矛盾し合うことがわかってから、それをどう解決するかを学べきです