ID非公開

2020/9/21 16:45

11回答

宋代の中国について 士大夫と形勢戸ってどう違うんでしょうか?

宋代の中国について 士大夫と形勢戸ってどう違うんでしょうか?

中国史 | 世界史19閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">25

ベストアンサー

1

形勢戸は、新興地主層と説明されます。 新興って、つまり成り上がり者ということです。 いつ成り上がったのかといえば、唐末~五代の間の戦乱の間です。 逆に言えば、新興じゃない地主層がいたわけです。 それは貴族だと思ってください。 中国の伝統的な貴族(門閥貴族)は、唐末に朱全忠によって 皆殺しにされてしまい、全滅してしまいました。 もともと、唐の間に徐々に弱体化しており、最後のとどめを 朱全忠にさされたという感じでした。 地主とは、大土地の所有者ということです。 もともと貴族などが大土地所有者で、荘園を経営していました。 その荘園の新しい経営者が、形勢戸だったわけです。 地主の荘園にはたくさんの小作人(佃戸)が働いていました。 地主の収入は、小作人の支払う小作料だと思ってください。 (もちろんその他もあります) 地主は、富裕層(お金持ち)です。 科挙に合格しようと思えば、受験勉強をしっかりしなければなりません。 この時代の中国には、現代のような公立の学校がありませんでした。 ですから受験勉強は、塾に通ったり家庭教師を雇わなければなりません でした。 となると、受験勉強は、富裕層の方が有利になるわけです。 士大夫とは、科挙に合格できるレベルの知識人のことを言います。 士大夫は、読書人とも呼ばれました。 読書とは、試験に出題される四書五経のことです。 四書五経は、科挙受験のための教科書だと思ってみてください。 教科書を読みこんでいる人=読書人=士大夫 つまり、科挙に合格した人が士大夫だと思ってください。 士大夫のほとんどは、地主の家庭の出身でしたので、 形勢戸から士大夫が生まれました。 ただし、形勢戸≠士大夫です。 形勢戸といっても、みなが受験勉強をしているわけではありません。 また、形勢戸以外の貧しい家の出身者でも、 特別な天才が士大夫になることもあり得ました。

1人がナイス!しています

ThanksImg質問者からのお礼コメント

非常にわかりやすい解説、本当にありがとうございます。 興味深く拝見させていただきました。

お礼日時:9/21 20:07