鉄道についてです。国鉄時代に、寝台列車等のヘッドマークの取り付けが省略されていた時期があったそうですが、

鉄道についてです。国鉄時代に、寝台列車等のヘッドマークの取り付けが省略されていた時期があったそうですが、 その期間を教えていただきたいです。 鉄道好きの高校生です。Nゲージで、EF65-1000の牽引で、24系25形を使用していた列車を再現したいと思っています。EF65のヘッドマークはほとんど持っていないので、あえてヘッドマークの取り付けを省略していた時期を再現してみてもいいなと思っていました。 しかし、ネットで調べても省略していた正確な期間は分からず、こちらで質問させていただきました。事実かどうか分からないのですが、1985年あたりにヘッドマークが復活したのと、九州内や関西発着の列車が対象だった、という情報は出てきました。 曖昧な記憶でも構いませんので、当時のことを覚えていらっしゃる方、当時のことにお詳しい方、ぜひ回答をよろしくお願いします。

ベストアンサー

1

1975年3月ダイヤ改正で それまで全国のブルートレインにつけられた ヘッドマークが合理化で 東京機関区受け持ち (「あさかぜ」「さくら」「はやぶさ」「みずほ」「富士」「瀬戸」「出雲」) 以外は廃止されてしまいました。 ところが、その後運賃値上げ等で国鉄離れが急速にすすんでしまい、 イメージアップのため1978年10月ダイヤ改正で 電車特急の先頭車の愛称幕をイラスト化したところ 好評だったため、 翌年には14系・24系のブルートレインのテールマークも イラスト化されました。 その後、1985年3月ダイヤ改正で 東京駅発着以外のブルートレインにもヘッドマークが復活になりました。 ちなみに1975年3月以降に新設された「北陸」「出羽」では 初めて機関車にヘッドマークが取り付けられることになり テールマークに準じたヘッドマークが取り付けられました。

1人がナイス!しています

ThanksImg質問者からのお礼コメント

回答してくださった皆様、ありがとうございました。 悩みに悩みましたが、正確に簡潔に伝えてくださった特急ハトさまをベストアンサーに選ばさせていただきます。 yahoo知恵袋は初めて使ったのですが、どなたも本当に丁寧に回答してくださったので嬉しかったです! 本当にありがとうございました。

お礼日時:9/28 0:31

その他の回答(6件)

1

寝台列車のヘッドマーク省略は1973年の第四次中東戦争を機に起こった第一次石油危機からで、それまで空前の好景気であった日本経済が一気にデフレとインフレの同時進行という時代になって国鉄経営が最悪な事態になったのが機会です。 奇しくもオハネ25・オハネフ25形式は昭和48年(1973)に登場していますから、まさにデビューまもなく国鉄の経営がピンチになったわけです。 ネ25のデビュー時こそ、ネ25形で組成された「彗星」はヘッドマーク付でしたが、早くも翌年あたりからヘッドマークが省略されてしまいました。 国鉄経営危機によるコストカットの一環でした。 なお当時、東京から九州方面への出張などのビジネス客は、あさかぜ等の東京~九州のブルトレよりも、 東京-(新幹線)-新大阪-(寝台特急)-小倉以遠 という旅行スタイルの方がスピーディーでしたので、新大阪~九州の寝台特急は東京のビジネスマンにも好まれていた列車なのでした。 ただし新大阪~九州の寝台特急は夜間にしか走行しない、列車名などは当時駅で普及していた回転フラップ式発車標(いわゆるパタパタ)があるのでもはや優等列車にヘッドマークを付ける必要もなかろう、という意味で、石油危機のもとでのコストカットの一環で断行されたものでした。 なお私の記憶するところ、1970年代の新大阪~九州の寝台特急の使用機関車はのEF65₅₀₀[宮]または同じくのEF58[宮]でした。 当初、65の両数が足りなくて、特急増発に伴い再び鈍足で非力なゴハチまでもが特急牽引にまいもどった時期があったのです! しかしほどなく65₁₁₀₀が増備されてからゴハチの特急牽引は消滅しました。 その後も暫くはブルトレのヘッドマーク取付が省略されたままの状態が続きました(東京~九州を除く)。 ヘッドマーク復活は、社会党系の国鉄労働組合が弱体化し、国鉄の各名門工場で盛んに車両改造が実施されて「ソロ」などのオハネ24改造車が登場した時期からです。 それ以前、ネ25で組成された列車は車掌の乗組体制が「3車1」つまり客車3両に対し車掌1名の乗務体制でした。 オハネ25には乗務員室がありませんから、3両に1両の割合で緩急車(車掌室のある”フ”)を連結する必要がありました。 それゆえネ25で組成されたブルトレの編成パターンは、直流電化区間では号車順に カニ24・オハネフ25*・オハネ25×4・オハネフ25・オハネフ25*・オハネ25×4・オハネフ25 というのが鉄板パターンでした。 上記編成例で*をつけたオハネフは逆向き、つまり丸妻側(車掌室側)が門司方で、車内通路も海側になっていたものです。 しかしながら編成外観は、ちょうど丸妻を両端にした綺麗な6両になります。 当時、ネ25₁₀₀は品川(客)に配置されており、丸妻形状のオハネフ25₀は向日町(運)所属でした。 模型でヘッドマーク無しブルトレの再現でしたら、丸妻・大窓のオハネフ25₀・オハネ25₀を使用し、 カニ24・オハネフ25*・オハネ25×4・オハネフ25・オハネフ25*・オハネ25×4・オハネフ25 という編成をアレンジすれば、[宮]65牽引のヘッドマーク無しブルトレの再現が出来ますよ。(元車両技術職)

1人がナイス!しています

1

1975年~1984年と考えたらよろしいです。 1975年までに東京駅発着のブルートレイン以外ヘッドマークはなくなりましたが、1984年2月のダイヤ改正で九州内でヘッドマークが復活して、1985年3月の改正で全面的にヘッドマークが復活しました。

1人がナイス!しています

1

24系25形の車体番号 番台で大きく変わってきますが0番台ならともかく改造車 例えば500番台などになってくると話は変わります 高校生となると10系客車や20系など集めることはないと思うので必然的にヘッドマークがある時代の車両になりがちです 再現と言っても架空に近い感じなら出来るとは思います

1人がナイス!しています

1970年代~JR初期くらいのもので集めてます 家にある24系25形はJR発足直後あたりの「はやぶさ/富士」の編成で、1000番台のソロやロビーカーも含まれていますが基本は0番台や100番台なので車両は違和感なく使えると思います ちなみに20系も持ってますw そちらでも再現してみようと思います 回答ありがとうございました!

1

24系25形の誕生は1978年ですから、東京機関区担当のEF65-1000で牽引する東京駅発着の寝台特急群(富士、あさかぜ、瀬戸、出雲)でしかヘッドマークを掲げてません。 他の下関(あかつき、彗星、明星(この3列車は東京が担当になっていた時期があるのでベッドマーク姿も有りです。))に田端担当(あけぼの(福島・山形経由時代)、時期により宇都宮区が担当してました)の寝台特急群はヘッドマークなしです。

1人がナイス!しています

1

時期を正確にと言われるとあいまいですが、1970年中ごろから廃止してしまっています。ヘッドマークは余り数を用意してなかったので、結構つけ外しが面倒な作業だったので、合理化もありました。 その後1978年頃、特急列車の前面の表示を単純な文字から絵にしたのが大うけし、みなが写真を撮りに駅に集まるようになりました。 それで、ブルトレのヘッドマークも復活したと言うように思っています。

1人がナイス!しています