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2020/9/25 20:41

22回答

ちょんまげって物凄くセットしにくい髪型じゃないですか? 昔の人って何であんな複雑な髪型していたのだろう。

ちょんまげって物凄くセットしにくい髪型じゃないですか? 昔の人って何であんな複雑な髪型していたのだろう。

ベストアンサー

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より古い時代の名残です。 戦時の利便性から(兜を被る都合)、剃り落としていた部分があり、後の時代に整えられて武家などの髪型として定着します。 更に後になって、身分の低い人々にも多少の形を変えて広まっていきました。 基本的に、毎日洗髪するようなことは無いため、むしろ油で固めて強く縛って固定した髪型には、便利な面もありました。 また、原則として髪は剃ったり切ったりする職業のプロが結うため、さほど本人は手間が掛かりません。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

勉強になりました、ありがとうございました!

お礼日時:9/29 8:21

その他の回答(1件)

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完全にコピペですが 私自身も疑問に思って居たので・・・w 男子は古代から頭に冠や烏帽子を着用するのが一般的であり、その中に髪を纏めて入れたため、髪を纏めたのが髷の原型です。古代には冠などの中に入れるため、上に立てていました。ただ中世に入り武士の世の中になると、武士たちは、合戦に際して兜をかぶるために髷を解きました。また合戦のとき、頭に血が上るといって、頭部の髪を抜きました。これが月代(さかやき)で、頭部の前面から頭頂の髪を除いたものです。月代は剃るのでなく抜いたために、戦国時代に来日した宣教師ルイス・フロイスは、合戦には武士が頭を血だらけにしていると記しています。中世後期には一般に烏帽子などをかぶらなくなり、髷を後ろに纏めて垂らし、烏帽子や冠は公家・武士・神職などが儀式に着用する程度になりました。近世には、月代が庶民にまで広がって剃るのが一般化し、髷を前にまげて頭の上に置くようになると、丁髷(ちょんまげ)と呼ばれました。丁髷は明治4年(1871)断髪令が出たのち廃れ、現在では力士などが結うだけです。 logo 2015