司馬遼太郎の「坂の上の雲」はなぜ

司馬遼太郎の「坂の上の雲」はなぜ 大河ドラマにされなかったのですか? 素晴らしい内容で出演俳優たちも皆、素晴らしい。なぜでしょう。

補足

莫大な費用かけたようですが。中国と韓国に遠慮した?

日本史 | ドラマ415閲覧

ベストアンサー

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お金の問題と、司馬さんの奥様の司馬さんの意志の尊重でしょう。 司馬さんは”坂の上の雲”を映像化するのを禁止していましたが、みどり夫人が、 「いつか誰かが映像化するのだったら。。。」 と言う英断でドラマ化しました。 回答を書くべきですが、私見を書きます。。。。。。 とにかく、シナリオが悪すぎる。 坂の上の雲全編に流れる思想は、 「教条主義、精神主義を排す。」 だと思っています。あのドラマでは、俳優界の序列がプンプンします。 真之の傍若無人さが全く出ていない。日本海海戦の際艦橋に上がった際、ベルトを上着の上に来た真之を見て、東郷が嫌な顔をしたとか、日本海戦終了後、三笠に近寄った駆逐艦(?)の乗員が万歳を叫ぶが、東郷が 「あっちに行け。」 と言う。こんな素晴らしいシーンが描かれていない。 誠に情けないシナリオです。変人クラブ感が全く出ていない。 それと配役。 まずは、加藤友三郎と島村速雄を逆です。 神経質で胃が悪い加藤こそ舘ひろし。おおらかで明るい島村こそ草刈正雄でしょう。 それと最大のミスキャストが児玉源太郎です。 児玉は、無邪気で目がクリクリして背の小さいおじさんで、日本の為に自らが降格し現地軍の参謀長になって戦略を担い、奉天後、東京に戻り、長岡外史に、講和が遅いと怒鳴るなど政略をも行ったスーパーマンで、戦後すぐに亡くなってしまう無邪気な哀れさが全く出ていません。 高橋英樹は、第二艦隊の上村彦之亟が良く、敵を追撃しますが、部下から”残弾無し”との黒板を渡され、怒りで放り投げる。ピッタリでしょ。 日本人が一生懸命だった感が今一歩出ていない。 俳優の欲求を満たすためのドラマ感が強すぎる。 但し、真之、好古、子規の配役は素晴らしかった。 ここ十年心にため込んだ思いを書いてしまいました。すみません。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございました。

お礼日時:9/27 19:11

その他の回答(9件)

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元々別枠の大河として作る予定でした。 しかし脚本家の自殺などにより脚本を手直しするなどして再編成したのです。 何も問題が起きなければそのまま大河枠が2つあるようになっていたと言う訳です。

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海外ロケが多く、また戦闘場面が多いと費用がかかり過ぎるので、短くしたものと推測されます。 それも、3年ぐらいに分けて放映しているということは、1年分の予算では足りなかったので、あえて年度を分けて予算をひねり出したのではないかと。

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司馬遼太郎先生御自身が、この作品の映像化を許可しなかったということです。理由は二つあって、一つは描きたかったドラマのスケールを、御本人が望むクオリティで視覚化することはできないだろうと考えていたこと。もう一つは、作品の内容を国粋主義的な意識で捻じ曲げられることを怖れていたこと。この二つの理由から、御本人の了承を得られなかったようです。 でも、今回完成したあのドラマを観たら、司馬先生も満足していたと思いますね。大河ドラマの予算を三回に分けてこのドラマの制作に回し、最新のCG技術を駆使して迫力の戦闘シーンを実現させていました。単純に日本軍の大活躍を描いたのではなく、戦争の悲惨さに対する描写もしっかり描かれていました。『坂の上の雲』は、日本ドラマ史に名を残す名作に仕上がっている気がします。

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大河にするには「予算が掛かり過ぎる」からでしょうね。 実際に放送された「四夜連続ドラマ」が、限界でしょう。 日本海海戦も、予算の都合でたった「30分」でした( ノД`)シクシク…

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