大津事件がなぜ司法の独立を象徴しているか忘れてしまいました。

大津事件がなぜ司法の独立を象徴しているか忘れてしまいました。 調べてみたのですが、いまいちピンとこず、、、 簡単に説明して頂きたいです!

ベストアンサー

0

簡単に言うと、 「津田三蔵を死刑にしろ!そうしないと、ヘタすると強大なロシアと戦争になってしまうぞ!」 という圧力がだいぶあったようなんです。 だけど、司法当局はそういう圧力をはねのけ、 「純粋に、法律論に基づいて判決を下そう。」 という態度を貫いた、とされています。 ロシアの「皇太子」を殺害しようとしたのですから、 つまり「皇族」に対する殺人未遂であって、 要するに「大逆罪」で死刑にできないか?死刑にしろ! というような圧力があったわけです。 まあ、そういうのも「人情」としてはわかるようでもありますし、 また、津田を死刑にしなかった場合の外交的なことを考えたら、やばいでしょう。 でも、純粋に法律論から言ったら、ニコライについては大逆罪は適用できませんし、 殺していない(未遂)から殺人罪でもありません。 要するに、死刑にできないんです。 そして無期懲役になりました。 (どうやら、収監して翌月くらいに病死してしまったようですけれども。) ということで、 ある意味では「政治とか人情とかのさまざまな圧力をはねのけて、司法のとるべき態度を守り抜いた。」ということになったわけです。

その他の回答(3件)

0

訪日中のロシア皇太子が襲われたら、日本の皇族が襲われた時と同じ罪を適用するという密約(つまり問答無用で死刑)があった。 実際に大津事件がおき、大国ロシアの報復を恐れた日本政府は犯人を法にもとづいて死刑にしてロシアに誠意をみせようとした。 しかし、日本の司法は「皇族が襲われた時の法律を外国人に適用するのは違法である」とあくまで法治国家としての意地をみせた。 政府は「大国ロシアの日本侵攻の口実を与えるから、死刑にせよ」と司法に圧力をかけたが、司法権の独立を死守し判決を曲げなかった。

0

皇室に危害を加えれば命までは奪っていなくても法律では死刑でした。しかしそれは皇室に対してのみです。 ロシア皇太子はロシア皇帝の後継者とはいえ、日本緒皇室とは関係ありません。命は無事だったので死刑には法律上は成りません。 しかしロシアが強大国であり、この事件をきっかけにロシアの対日報復が起きるかもしれないという危惧を政府要人は持っていました。そこで法を曲げて犯人の津田三蔵を死刑にしようとします。 しかし裁判長の児島惟謙はあくまで法を順守し、津田被告に死刑判決を出しませんでした。 これが大津事件の大体のあらましで、司法権の独立、権力の干渉を突っぱねた判決として評価されています。

0

ロシア帝国の皇太子殺害未遂事件で 世論や行政やロシアは犯人の死刑を求めたが、司法は刑法に基づいて判決をだしたから。