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2020/10/12 20:19

77回答

何故中世の絵画というのは、正直下手くそなものが多いのでしょうか?

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回答(7件)

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ゲルマン民族の大移動って世界史で習いましたが、支配階層がガラリと入れ替わってしまったので、価値観も大きく変わりました。 この世の喜びを謳歌するギリシャローマ文化から、キリスト教の決まりをしっかり守り、偶像崇拝なんてもってのほか! 新しく支配権を広げるために古い文化は否定しなくちゃ! という社会へ。(ローマがから見ると蛮族と呼ばれました。) キリスト教が支配的な中世文化では、本格的な絵の仕事は教会の祈祷書などが主だったようです。きっと絵の上手い人もいたけれど評価されず、個人の美的能力よりも、まじめに決まりを守る人が仕事を任されていた事でしょう。 やがてペストが流行し、キリスト教では疫病を抑えられなかったことから教会の権威が失墜し、個人の能力を発揮する機会が徐々に増えていきました。 やがてミケランジェロなどが教会に神様の"お尻"を描いても認められるようになっていきました。(システィーナ礼拝堂天井画の『天地創造』) ルネサンスが興って隆盛を極めた場所がイタリアだったのは偶然ではないでしょう。(それ以前にも、他の地域でも上手い人が現れていましたが、大きな潮流になったのはイタリアでした。) ちなみに鎖国時代の日本でも、逆向きに似たような事が起こっていました。キリスト教を迫害するあまり、西洋的な上手い絵は排除! 描いた人は弾圧! →結果として、和風の文化が発展する事ができましたが。 美術は単体ではなく、社会の中で生まれて残っていくものなので、社会科でも学ぶんですね。

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古代ローマ末期は繰り返される蛮族侵入とか経済の崩壊とかが著しく、国力の低下とともに芸術、学術が一気にすぼんだ時代です。 トドメが、ディオクレティアヌス帝が言い出した「職業世襲制」です。国民の離散を防ぐ目的もあったのでしょう。これによって、中世の特徴である身分制度の固定が始まりました。そうなると「画家の息子は画家」。才能が必要な分野でさえこれですので、レベルはガタ落ちです。 さらに時代が下ってキリスト教一色になると、偶像崇拝が禁じられて行ったために写実性は完全に失われます。キリスト教の実践だけが重んじられますので、絵画はその理解の一助になる程度で十分だったのです。 ここからは想像ですが、絵のうまい奴は必ずいたはずです。けれども、そのような上手な絵の方をおそらくキリスト教社会が拒絶したものではないか、と。筆写しかなかった時代に写実性の高い絵というのは挿絵としては真似できませんし、モノによっては現代のエロ漫画のような見られ方をされたんではないですか?

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まず写実主義ではないこと。 これはむしろ写実主義であった古代ギリシャ・ローマが珍しい存在でした。 次に絵が芸術ではなかったことが挙げられます。 当時の絵は人々にわかりやすく聖書の内容や世間の出来事を伝えることが目的ですので、絵は芸術ではなく物事を伝えるための記号でした。 ですので芸術としての絵画というよりは漫画に近いと思われます。 そしてそんな中でも遊び心はあったようで、例えば文章の挿絵の場合は文章の最初のアルファベットを絵の中に潜ませるというような技巧もありました。 画像は修道士2人がアルファベットの「O」にされています。

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中世の絵画は画家が描いたものではないのです。またキリスト教は自然美を否定していますから内容が判ればよいくらいの物でした。 また中世はステンドグラスの採光がありまた宗教画もある意味一種のパターンがあったのです。 これを覆したのがルネサンスなのですが、それまで絵画の地位は無きに等しくて有名な画家もいませんでした。 宗教画に花が咲くのは北方ルネサンスを待つことになります。

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キリスト教でガチガチに固められた時代で、聖書の場面を再現することが何より重要視され、そこから他の絵画も写真的な表現から漫画的な表現に切り替わったから。 つまりリアルな描写より「どういう状況で何をしているのか」がわかりやすい絵のほうが流行った時代。

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