唐詩選で寄左省杜拾遺という岑参の漢詩があるのですが、これに杜甫が返した漢詩の題名はなんと書けば良いのでしょうか?

唐詩選で寄左省杜拾遺という岑参の漢詩があるのですが、これに杜甫が返した漢詩の題名はなんと書けば良いのでしょうか? 唐詩選に書かれていなかったので…… 奉答岑參補闕見贈 とネットで調べると出てくるのですがこれをそのまま書いていいですかね? 書道でこのふたつの漢詩を書いて展示するときの題名をどう書けば良いかわからず困っております。 どなたかよろしくお願いします。

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『全唐詩』にそのおとりに書かれていますので問題ありません。 https://ctext.org/text.pl?node=149696&if=gb#n149698 なお、岑参は科挙に合格しながらも軍功を立て爵位を得る為に軍人として西域で暮らしますが、成果がなく、帰ってきたところに左拾遺であった杜甫らの推薦を受けて右補闕に任命されます。 杜甫に送った詩は、皇帝を諫める訳であっても平和であって何もすることはないと言うことを嘆いた詩です。 杜甫は、粛宗に疎んぜられて、これから、洛陽に向かって旅に出ることを東に向かうと言っているのだと思います。その途中で、兵役に苦しめられている民衆を見て「三吏三別」を作り、役人であることが嫌になり、官職を捨てて旅に出ることになります。 漢字は旧字になっていますか。 寄左省杜拾遺 聯步趨丹陛,分曹限紫微。 曉隨天仗入,暮惹御香歸。 白髮悲花落,青雲羨鳥飛。 聖朝無闕事,自覺諫書稀。 奉答岑參補闕見贈 窈窕清禁闥,罷朝歸不同。 君隨丞相後,我往日華東。 冉冉柳枝碧,娟娟花蘂紅。 故人得佳句,獨贈白頭翁。

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ただですね。 「奉答岑參補闕見贈」が「寄左省杜拾遺」に答えた詩であるということを何によって知りましたか。二人の間には詩の交換が合ったと思われ、二つの詩は、関係があるのかどうか不明です。和韻でもしてあればわかるのですが。 少し、時間がずれているような漢字を受けます。 まあ、杜甫と岑参の交流を示す物としてならよいのですが、確実な根拠がなければ、和した詩であるとはしない方が無難と思います。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

リンクまでわざわざありがとうございます!唐詩選で見たのですがよく分からなかったので助かりました!お二人とも本当にありがとうございました!

お礼日時:10/21 21:56

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『杜工部集』(杜甫の文集)の10巻に「奉答岑參補闕見贈」と岑参の「寄左省杜拾遺」両タイトルがセットで収録されていますので、それで問題ないかと

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後世の詩注を確認した感じでは、東に向かう(往日華東)と言うのは岑参の詩にある「聯步趨丹陛」や「分曹限紫㣲」(紫㣲は中書省の意)に対応し、常朝(官人が皇帝にご機嫌伺いをする儀式)後の風景を詠んだもののようです。 日華とは、常朝の場である宣政殿前の回廊にある日華門のことで、その西に中書省、東に門下省があります。 右補闕である岑参は中書省、左拾遺の杜甫は門下省所属ですから、常朝後、私(杜甫)は日華門の東の門下省、あなたは宰相の後に続いて中書省、と別々の庁舎に帰るということのようです。 なお、在職期間と言う点では岑参が右補闕になったのは至德二年(757)六月で、乾元二年(759)三月に起居舎人に転任します。この間杜甫は乾元元年六月に失脚して華州司功参軍になるので、仮に二詩の間に関係が無かったとしても、両方とも短期間のうちにやり取りされたことになります。