●「冤罪の可能性を“0”にはできない」とは●

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ベストアンサー

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ご参加ありがとうございます。 >違法行為の事実が確かであっても冤罪は成立しますから。 つまり秋霜烈日さんの言う“冤罪”、とは、「無実の者を死刑にしてしまいかねない」という危険性を主張しているわけではなく、量刑不当を指して“冤罪”と仰っているわけですね? 廃止論者の中には「無実の者を死刑にしてしまいかねない」という危険性を指して死刑廃止を訴える者が少なくないようですが、秋霜烈日さんはそのようなロジックを「妥当である/無理筋である」どのように思っていますか?

ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆さま、ご参加ありがとうございました。

お礼日時:10/31 8:30

その他の回答(5件)

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A,B両方でしょう。 基本的にはAの人が多いと思いますが、中には冤罪はあり得ないと思われる事でも、可能性は決して0にはならないと主張する人もいますから。 どちらにしろ、「冤罪の可能性を“0”にはできない」と言っている人は、可能性が0でなければ、いつか必ず起こると思っている人だから、どうしようもありません。 可能性がある事だけを問題視して、可能性の大きさは無視ですから。

ご参加ありがとうございます。 >基本的にはAの人が多いと思いますが、中には冤罪はあり得ないと思われる事でも、可能性は決して0にはならないと主張する人もいますから。 そうなのですよね。 たとえ刺殺事件の被害当事者となっても、 「ボクの胸に今まさにナイフを突き刺しているのは 目の前にいるコイツではない可能性がある」 とでも言いそうな勢いで“0にはならない”を主張しますよね。

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両方ありえるとは思いますけど、「私はAであるのだと思い「確実に正犯である死刑囚について刑の執行に問題なし、よって死刑存置」と主張するのだが、すると途端にBの論調に切り替え死刑廃止を主張する冤罪論拠の死刑廃止論者が少なくありません。」であれば、Bだと思って議論すれば とりあえず間違いないんじゃないですか?

ご参加ありがとうございます。 >であれば、Bだと思って議論すれば とりあえず間違いないんじゃないですか? 最初からBと決めつけ話を始めてしまうと、なんか端からバカにしてしまっているようでちょっと気が引けます...

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もう君のことは放っておこうと思ったが、下のやり取りを見てると君の事が気の毒でならない。もはや愛おしさすら抱いてしまう。 読んでいて思ったのは、君は単に廃止派を否定しているのではなく、本当に理解できずに困っているということだけは判った。 そこでだ! まずは日本語の勉強から始めようか。 と言っても小難しい話じゃないから安心してくれ。 その1、聞きかじった単語を捨てよう! 昨日今日覚えたような単語はもちろん、知ってるつもりの単語も捨てちゃえ。つまりキチンと自分で説明できる単語以外はできるだけ使わない。 その2、自分の言葉を使って見よう! 「~である」とか「~と思うが(~だが)」「~であろう」など評論家みたいな口調はみっともない。敬語を使うなら終始敬語で、そうじゃないなら普段から家族や友達に使っているような口調にする。 こうすることで、君が言いたいことのニュアンスはより鮮明になるに違いない。鮮明になれば読み手聞き手との食い違いや無限ループもなくなると思う。 どうだろう? 対して、仮に僕も含めて皆さんが小難しい単語を使ったとしても、それを君は安易に使わず、使った人に確認してから使うようにする。それがイヤなら密かに勉強し理解してから使う。 例えば【冤罪】という単語も、一般的な用法(=無実)と刑法学的用法(=不当判決)は違う。 秋霜さんとのやり取りではそれが露呈している。 だから[真実]一つとっても噛み合わないことになる。 といいつつ、今回の質問で何となくだが君が言わんとしていることは解る。それはたぶん誰かが回答してた「消極的廃止と積極的廃止」という言葉に刺激されてのことだろう。 まぁとにかく実践してみてくれ。

ご参加ありがとうございます。 >読んでいて思ったのは、君は単に廃止派を否定しているのではなく、本当に理解できずに困っているということだけは判った。 そう!そうなんですよ... 素直に「解らない」と言ってるのに、なんで皆分らないんだろう? >その1、聞きかじった単語を捨てよう! >その2、自分の言葉を使って見よう! う~ん、確かに自分の言葉(理解)の中で説明しようとするとまどろっこしくなり、自分の言葉(理解)を端的に表現してくれている言葉を見つけてきてそれを使用することはあるけど、賢い皆さんならそのほうが分かり易いんじゃないですか? ほら、自分(sokonoke)の言葉だとその正否に関係なく感情的に反論したくなっちゃうだろうし... >使った人に確認してから ・何か具体的な事例を教えてください。 ・「責任能力」とは具体的に何なのでしょうか。 割と確認してると思うけど...

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Aの「全てが確実に正犯だか、その中に冤罪が含まれる可能性はゼロではない」ということは矛盾しているように見えますが、どちらにしろAとBは同じなのでは? 死刑廃止論者に言わせると、その「確実に正犯である死刑囚」という判断を人がする以上、冤罪の可能性を否定できない、というものです さすがに宅間や植松を冤罪だという廃止論者はいませんが、では「確実に正犯である死刑囚」とそうではない死刑囚が、もし区別できるとしたら、その基準はそんなに絶対的なものなのか、さらには、そんな区別ができてしまうのであれば、「そうではない死刑囚」というのはそれこそ冤罪の可能性を認めているではないか、という意見であったりします 質問者さんのAの意見に対する「間違いない者については死刑にしてもいいでしょ」という提言は「え、じゃあ同じ死刑囚なのに、間違いない者とそうじゃない者がいるということ?」という余計な地雷を踏んでしまうので主張としてはあまりおすすめはしません 死刑廃止論者の意見を集約すると(私が聞いてきた範囲でですが)、例え宅間などが間違いなく有罪で死刑にすべきだったとしても、冤罪で死刑になる者がいる可能性をゼロにできない以上、死刑は廃止すべきだし、それにより宅間が死刑にできないとしても仕方がない というものです

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ご参加ありがとうございます。 >どちらにしろAとBは同じなのでは? BはAを含みますが、AはBを含みません。 >死刑廃止論者に言わせると、その「確実に正犯である死刑囚」という判断を人がする以上、冤罪の可能性を否定できない、というものです つまりそれはBと言うことですね。 >例え宅間などが間違いなく有罪で死刑にすべきだったとしても、冤罪で死刑になる者がいる可能性をゼロにできない以上、死刑は廃止すべきだし、それにより宅間が死刑にできないとしても仕方がない これはつまりAですね。 >冤罪の可能性を認めているではないか、という意見であったりします ・家の水道から毒が検出される可能性は“0”ではない。 ・歩道を歩いているとき、突如道路か陥没し落ちてけがをしてしまう可能性は“0”ではない。 たとえ僅かなのだとしても、可能性そのものを否定することは出来ないのではないでしょうか。

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奇妙な二択です。 死刑制度ある限り死刑囚は増え続けるのに、 どうしていま収監している死刑囚のことだけを扱うのでしょうか。 それよりも私は、 100人以上もいる死刑囚のうち、質問者が名を挙げられるのが三人だけというのが気になった。 しかもそのうち一人(宅間)はすでに処刑済み。100人のなかに入ってさえいない。 要は冤罪の可能性がゼロに近いとなると、三人ぐらいしか思い付かなかったんでしょ?

ご参加ありがとうございます。 >どうしていま収監している死刑囚のことだけを扱うのでしょうか。 イメージしやすいからです。 >それよりも私は、 >100人以上もいる死刑囚のうち、質問者が名を挙げられるのが三人だけというのが気になった。 あくまで“例”です。 (X)宅間にも 加藤にも 植松にも (〇)宅間、加藤、植松など ↑に訂正しておきます。 >要は冤罪の可能性がゼロに近いとなると、三人ぐらいしか思い付かなかったんでしょ? その三人の刑の執行についてはどのように考えていらっしゃるのでしょうか。 「冤罪の可能性がゼロに近いけど、真犯人が別にいる可能性を完全に“0”とすることはできないので刑を執行するべきではない」、とお考えでしょうか。